淮水・泗水の流れる華中の大平原は、昔から水運が発達している。
自然の流れを利用するばかりでなく、流域の諸侯は競って運河の開削を行なってきた。すでに、春秋時代以降に造られた主要な水路だけを挙げるとしても、
宋国が済水(せいすい)と泗水を結ぶために開いた、菏水(かすい)。
呉国が淮水と江水(こうすい。長江)を結ぶために開いた、邗溝(かんこう)。
魏国が都の大梁と河水(かすい。黄河)を結ぶために開いた、浪湯渠(ろうとうきょ)。
その大梁から東に向って彭城で泗水と合流する、汴水(べんすい)。
河水から南下して淮水に向う、鴻溝(こうこう)。
などがあった。
この秦代から八百年ほど経った後に興った隋王朝の煬帝(ようだい)は、華中平原を縦断する「大運河」を強権で開削した。彼は、人民を疲弊させた上に亡国に陥らせた稀代の暴君として、後世非常に評判が悪い。しかしながら、水運の開削はすでにはるか古代から各国が必要に応じてやっていたことなのであり、煬帝はその総仕上げをしたにすぎないのであった。ますます富み栄える南方の物資を政治的中心の華北に運ぶことは、隋王朝以降の中華帝国を維持する上での基本政策となり続けた。その意味で、煬帝の大運河は、魏晋南北朝の低迷期を脱して久しぶりに統一を成し遂げた王朝が、必ず真っ先に行なわなければならなかった事業なのであった。
その中の、泗水の流れを韓信たちは北上していた。
泗水流域は、いにしえの帝王、禹(う)が中国の区画として定めたという九州の中の、徐州(じょしゅう)にあたる。春秋時代にはまず楚が侵攻して、やがて南の楚と西の宋とが勢力圏を作った。次いで勃興した呉が地域を支配するところとなり、さらにその呉を滅ぼした越の支配地となった。その越は戦国時代に入ると急速に衰え、結局この地は宋の領域も併せた楚に帰すところとなった。
楚も呉も越も、いずれも中原諸侯とは風俗の違う南蛮の諸国である。したがって、この土地は北の奴らとは違う南方人としての自覚がいやおうにも強い。しかしながら、旧楚の北辺に位置していて、北の斉や魏の間近にある。商業も交通も盛んで、旧楚のもっと南あたりの辺境の土地に比べて、よほどに人心が開けている。よく言えば、機敏で情報に聡い。悪く言えば、南の呉地方の住民に比べたならば、素朴な力強さに欠ける。
夏の季節は南からの季節風を帆がはらむので、冬よりもよほどに北上するのは楽である。それでも悠揚とした川の流れを、何日かかけて途中の城市で夜を過ごしながら進むことになる。そうして、彭城の手前の下邳に着いた。
もう午後であった。
ここで韓信は韓簫子のところに出向くように言付けられていたので、旅宿に入る南昌の亭長といったん別れた。
下邳の城市の大きさは、県庁のある淮陰に比べると、心持ち小さい。しかし同じ旧楚の地域だけあって、往来する民の雰囲気はよく似ている。韓信は、城門をくぐって城内に入ろうとした。
そのとき、
「待てい、青年。」
という声がかかった。
何のことかと思って、声の出た先の門の左側を向いた。
そこには、みすぼらしい褐(かつ)を着た老人がいた。
褐とは粗末な布でできた、いっぱんに賤者が着るとみなされている着物であった。老人は真っ白なひげと眉毛を伸び放題にして、頭はほとんどつるっ禿げであった。相当に年を取っているはずだが、それにしては体格が衰えておらず、眼光は鋭かった。彼は、地面に莚(むしろ)を敷いて、なまくらな矛一本を持って片膝で座っていた。
(なんだ、、、門番か。)
韓信は、常識の範囲内でそう思った。
(門番が、俺に何の用だ?)
韓信は、とにかく老人の方に向き直った。
老人は、片膝をついたまま、青年をじろりと見回した。そして言った。
「年長者を見下ろす礼儀があるか。礼に従え。」
韓信は、ただの門番にいきなりこのようなことを言われて、一瞬憮然とした。
だがしかし、今はわざわざ別の城市に招待された身であると思い、父老から言われた「淮陰の代表として、決して他郷の者の前でわが郷里の名を辱めるようなことをするでない」という言葉を思い出した。そこで、他人から礼儀を言われたならば、礼儀を返そうと決意した。韓信は、「失礼いたしました」と言って、老人の前に正座して平伏した。
「顔を上げい。」
老人は、平伏している韓信に向けて言った。韓信は、顔を上げた。
「ふむ」
と、老人は相変わらず鋭い眼光で韓信を凝視しながら、一人ごちた。そして、言葉を続けた。
「お前は― 兵法家だな。それがよい。」
「は?、、、どういうことでしょうか?」
「儒家は無理だな。伝統の勉強が好きそうな顔ではない。道家にも合わない。血の気が多くて、出世欲を捨てようがない。だが理をわきまえる精神を持っているようだ。よく学んで鍛錬すれば、一流の兵法家にもなれるだろう。」
門番にこんなことを言われるとは、思いもよらなかった。返す言葉もない韓信を尻目に、老人はもはや決めてかかったかのように、言葉を継いだ。
「さてと― そうと決まったところで、まずは実地に兵法の訓練だ。青年よ、今我々はちょっとした窮地に陥っている。我々の力を合わせて、協同で窮地を切り抜けなければならん。」
「何のこと、、、ですか?」
老人はにやにやしながら、懐から手の平大の白い円盤を取り出した。見事な透かし細工が施してある。韓信は、それを見て言った。
「璧(へき)?」
璧とは、玉(ぎょく)を磨いて細工した円盤状の宝具のことである。
「これは― 楚王朝に代々伝わっていたものだ。かの春申君が保有していたこともある。楚が滅亡した時に秦に没収された― はずなのだが、今ここにある。」
「?― なんでですか?」
「咸陽の宝物庫を、盗賊が侵入して盗んだのだ。この辺りを拠点とする盗賊団だ。義賊などとは程遠い、屑のような連中よ。その宝の隠し場所が、この下邳にあったのだ。あんな輩に旧楚の宝を持たせておくのは、もったいない。だから―」
「、、、だから?」
「ちょっと連中の隙をついて、頂いてきた。後ろの通りの向こうを見てみろ。」
韓信が振り向くと、一連の集団が血相を変えてこの門の方向に向けて、突進して来るのが遠くに見渡された。韓信は叫んだ。
「あ、あれは、、、!」
「奴らに情報を流したのだ。壁は、下邳の門番とその仲間の青年の二人が盗んだのだ、とな。」
「な、な、なんで、俺が!」
「早く逃げないと、奴らに殺されるぞ。奴らは盗賊だからな。白昼誰かをなぶり殺すぐらい、何とも思ってないぞ!そら、逃げんか!」



