韓信の前に現れた老人の名前を、明らかにしておこう。この門番に身をやつした人物は、人呼んで黄石公(こうせきこう)と言う。この名前が本名なのか、通り名なのかは、本当のところはよくわからない。しかし、この物語では、その姓が黄であったとしておく。師として敬って、黄生(こうせい)とも呼ばれる。
黄生は、塚の上に座って悠然と下の韓信に話し続けた。
「兵とは、詭道なり。およそ戦いとは、正をもって合い、奇をもって勝つ。正とは、彼を知りて己を知ること。全ての要素を事前に計算して、不敗の態勢を敷く。不敗の態勢とは、天の時、地の利を明らかにし、上下の民意を統一して足並みを揃え、法を明らかにして軍制を整える。このときに、将は勝を知ることができる。知ることができても、為すことはできない。知ることは計画的にできるが、為すことは相手との駆け引きとなるからだ。それは次元の違う知のあり方なのだ。そこで、勝を為すためには、相手の思いつかないような奇の用兵を発案しなければならない。奇の用兵は臨機応変、ゆえによく奇を出(い)だす者は、窮(きわ)まり無きこと天地のごとく、竭(つ)きざること江河のごとし。微なるかな微なるかな、無形に至る。ゆえによく敵の命運を手玉に取ることができる。これが、将の道だ。誰よりもよく知り、誰よりも早く機会を捉え、誰よりも柔軟な発想を持ち、誰よりも厳しく法を正し、そして何物にも動じない精神を持つ。このようにして、初めて全軍を叱咤する司令塔となることができる― どうだ?兵法とは、ただの戦争術ではない。それは人間の知識と創造力とを組み合わせて、千変万化するこの世界で己の企画を遂行するための、理論なのだ。」
韓信は、黄生の言葉を、下で呆然としながら聞いていた。彼が初めて聞く、理の世界の言葉であった。それは、全く新鮮な知識であった。すでに城内では盗賊の捕縛は終わっており、辺りは静かに長い夏の夕刻を迎えようとしていた。
しかし、すぐにその新鮮な言葉は、若い韓信の精神に火を点けた。猛然と奮起する心が湧き上がった。湧き上がった疑問を、黄生に投げかけた。
「だったら、兵はどうなるのですか?今、あなたは私が兵の立場にあったと言われた― 兵はただの動物ですか?将に使われるための狗(いぬ)の群れに過ぎないと言うのですか!」
黄生は、青年のこの即座の問いに、にこりとして答えた。
「それは、儒家の言葉、実戦を知らぬ者の言葉― 争いとは、非常事態なのだ。人間が理性を失い、不安、恐怖、怒りといった情念がむきだしとなって混沌の集団となる状態なのだ。ゆえに、将は事前に周到な計画をなし、一旦実戦となったならば迷うことなく指令を出して、混沌の中に断固として秩序を生み出さなければならない。それが、将のみならず兵の生命をも最大限に守る道であるのだ。もちろん、孫子兵法は兵を動かすことを無闇に勧めているのではない。謀攻篇に、言う。
― 百戦百勝は、善の善なるものに非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり。故に、上兵は謀を伐(う)つ ―
十分に備えをなし、調略を効果的に行なえば、兵を動かさずとも敵を屈することができるようになる。兵を動かして敵と会戦し、敵の城を攻め立てることは、莫大な費用と人命を費やすこととなる。それは、かえって国を危うくする元となるのだ。だから、将は備えて謀略を行なうことによって、最も能率的に戦わなければならないのだ。いや、できるならば戦わずして勝たなければならないのだ。そのため、良将は国の宝と呼ばれるのだ。国主の仁義に捉われて法と謀略を汚らわしいことと避け、かえって国家を混乱させ人命を危うくする書生儒家のわからぬところである― ゆえに」
「ゆえに?」
「兵法を知る者は、損失を最小限に抑え、可能な限り国を保つ。争いはやむをえなくても、その争いから無駄を省く。兵法を知る者は、現実を直視した上で最善を尽す、実践的な智者なのだ。」
ただの門番には全く似つかわしくない、知識と洞察であった。城市やその中の里の門を守る門番は、住民に雇われて生計を立てている。彼らの経歴は、郷里の人間には知るところがないし、普段は知ろうともしない。だが、時にいるのだ。門番となって、その身を隠している人士が。これからも、そういった人士が何人か出てくる。この黄生は、下邳の城門の門番となって身を隠している、まぎれもない賢者であった。韓信は、これまで触れることがなかった別の世界の人間に会ったのであった。
「今日は疲れさせたな。まあ若いから、このくらいすぐ回復するだろう。力仕事もかなりできる腕力があるようだ。」
黄生が、求盗の一人がこぐ舟の上で、同乗している韓信に話し掛けた。
韓信は、黄生に小声で言った。
「、、、例の壁は、これで秦に返ってしまいますが?」
黄生は返した。
「よいのだ。そんなものよりも、もっと大事なことがある―」
夕刻の川面を行く舟であった。まだ日は明るい。しばらく沈思してから、韓信は言った。
「何というか― 私は―」
韓信は、そう言って老人に改めて向き直った。そうして、頭を下げて拱手の礼を取った。それは初めて触れた、理の世界への敬礼でもあった。韓信は、言った。
「私の名前は、淮陰の韓信と申します。先生のことは、何と申し上げるべきか―」
「黄生と呼べ。」
「では黄生。ひょっとして、今回のことは― 今回のことは、ひょっとして『韓簫子』から聞かれて私を連れ立たれたのでしょうか?」
「『韓簫子』?ああ、奴がそう名乗ったのか。そうだ。その韓簫子から、淮陰の目ぼしい若者を下邳に招待したと聞いてな。それで、体力はありそうかと問うたら、筋骨から見て申し分ないと聞いていた。そこで、今回の捕物にお前を使ってやろうと、思ったわけさ。幸いにも、計画通りに進んだ。ちょっとした遊びだったが、悪くない講義であったろう。」
「しかしこんなことをしたら、後で仕返しが来たりしないのですか?」
「なあに、この地区の亭長も、我々の味方だ。今回のことは、我々の列から外れた連中を締め上げるためにやった作戦なのだ。その辺は抜かりがない。不敗の体制を整えておいた上で、敵の隙を狙うのがよき兵法家というものだ、孫子曰く、
― 昔(いにしえ)の善く戦う者は、先ず勝つべからざるを為して、以て敵の勝つべきを待つ―(軍形篇)
食うか?」
もう一枚残っていた、米の粉の円盤を老人はふところから出した。老人はそれを半分に割って片方は自分でほおばりながら、もう片方を韓信に渡した。塩を効かせてあぶってある、餅(ピン)であった。食べてみると、運動で疲れた体に塩が心地よかった。
餅をゆっくりと食らいながら、黄生は、韓信に言った。
「この後、『韓簫子』のところに行くのであろう。あの坊主は、なかなかに理が分かる奴だ。韓信よ、理で世界を捉えることを学べ。それが、お前をこの世で生かすことができる道となるであろうよ。」
黄生はこのように、韓信に薦めた。この世界を理で捉えることを。だがその後に、「坊主」について付け加えた。
「だが、、、韓簫子の神仙流は、別に学ばんでもいいぞ。己を全てそぎ落として、自分の五体を道具とするなどというあいつ流のやり方は、あいつの資質と経歴がなせる方法だ。お前は我欲を捨てることなどない。我欲もまた、人間の本性だ。本性を直視するのが智者のする所であって、無理に避けてはならない。性欲まで客観的に処理するなど、側に陳麗花という誠に結構な娘がいて、始めて出来るというものだ、ははははは!、、、、んんっ!ちょっと、詰まった!」
黄生は、おどけ節で最後の餅の一片を、咽につまらせた。おそらく師弟なのだろうがずいぶん違うな、、、と、韓信は思った。



