年齢は、三十過ぎから四十前の間といったところであろうか。身長は、人並みだ。人並み以上の韓信よりも、頭一つ低い。鼻が高くて、頬骨が張っている。目元が厳しい。しかし、狐狼の目つきではない。むしろ計算高いやり手の賈人の目をしている。笑う時には相手を安心させる顔に変える術をわきまえていそうだ。剽悍な顔かと思えば、どことなく愛嬌がある。まあ一目見れば、決して人に忘れさせないような、くどい種類の男前であった。
それにしても、奇妙奇天烈な冠をしている。官吏の様式の冠の形に作ってあるのだが、材質が変だ。たぶん、竹の皮を組み合わせて作っているようだ。黒い縞の入った薄茶色の皮を、より合わせて冠の形に編み上げている。それがつやつやと光って、何だか蛮族の酋長のようである。彼は、大した身分ではないが、一応本物の官吏である。それをこのように独創的な冠で頭を装っている。これは、目立とうという精神であると共に、もったいぶった官吏の組織を茶化してやろうといういたずらの精神の表れでもあった。
服装も、剣の掛け方も、官吏らしくない。真紅の袍(ほう。うちかけ)を羽織っている。赤色は、彼が好む色である。帯を留める帯鉤(たいこう。バックル)は、上等のものである。金の象嵌に青の宝玉がはめ込まれてあって、きらりと光っている。これは実は、役職を利用した盗品流れの品だったりする。剣のさやも漆塗りのなかなかの品であるが、その掛け方は意図的にぞんざいで斜め後ろに回して格好を付けている。これでは、いざという時に素早く剣を抜けない。つまり、彼は剣の道については全くの素人だ。
その後ろに禦侮(ぎょぶ。ボディガード)として控える面々も、独特であった。数は四人。いかつい顔の奴もいれば、芸人のような風貌の奴もいる。だがその中でも一人、とてつもなく大きな体の男がいた。筋骨隆々で、背丈は九尺にも届こうか。大人の腕ほどに太い棍棒を横に提げている。周の武王に仕えたという伝説の力士、烏獲(うかく)が生きていたら、この男のようであろうかと思わせた。体の大きさだけでなく、容姿もまた普通ではなかった。肌の色は、この辺の人間とは違って、薄暮の中にいるように浅黒い。顔つきは鼻が広く、彫りが深い。通常では見られない異相であった。
(南蛮人だな、あれは、、、)
楚の南の境界を越えたむこうにも、人間が住んでいる。南越と呼ばれる。この時代始皇帝が軍を送って征服したが、実効的な支配はぜんぜんできていない。その南越や、さらにその向こうに住む人々は、中華に住む人間とは違った容貌と文化を持っている。実はこの楚や隣の呉・越といった国も、もともとは彼らの居住地域であった。それがいつしか中華の文明を取り入れて混血が進み、今では別の社会になってしまっている。そうして住民は過去の記憶を失い、容貌も変わってしまった。まだ山岳部などに古来の習俗を残した部族たちが点々と残っているが、もはや楚の人間たちは彼らを同胞とは見なしていない。この大男は、言わば楚がまだ中国とは別世界であった時代の、いにしえの戦士たちの記憶を呼び覚ますような勇姿をしていた。
こうした主従の一行、確かに独特であった。しかしながら、恐ろしい一団のはずなのに、不思議と威圧する空気がない。むしろ何となく、滑稽味すらあった。それは、先頭を切る男の姿が放つ、諧謔趣味がなせるわざだったのであろう。じじつ、周囲の者たちは愉快に笑っていた。面白い今日の話題を得たという、満足感に満ちた笑いであった。
男は、酒店の軒をくぐった。一行も後から着いていった。中から、男の声が響いてきた。よく通る声だ。
「泗水の亭長、劉邦だ!今日は、ツケで飲みに来た!」
いきなり他郷に入って、ツケで飲みに来たはないだろう。外から、失笑の声が漏れた。案の定、店主は拒否したようだ。そこで、続いて劉邦の声が聞こえてきた。
「、、、なに?いくら亭長さまでも、他郷人にツケはだめだと?固いこと言うなよ。亭長だから、逃げはしないよ。なんだって?他郷では取り立てするのにも一苦労することは、分かってるでしょう、だって?まあ、それはそうだな、、、だったら、今この彭城に張耳が来ている。張耳の名前は知ってるだろう。魏の大身だ。今も、豪勢に金を持って来ているはずだ。実は、彼は俺の兄貴分だ。その張耳どのに、とりあえず請求しろ!」
韓信は、韓簫子の言っていた注目の男、劉邦にここで会えたことを喜んだ。
(こいつが、劉邦か、、、!少なくとも、普通ではないな、、、)
ただのホラ吹きなのか、それとも?それを観察するために、自分も酒店の中に入ることにした。
板敷きで床をせり上げただけの、店内である。甕に入った酒をそのまま出して、客がめいめいに汲んで飲む。陶器でできた粗末な豆(とう)が出てきて、つまみが盛られる。豆とは蓋付きの皿の下に台が付いて高くしてある器で、これに肉や汁を盛る。床に座るのが昔の中国人の食事作法だったから、このような適度に高くした食器が合理的なのである。後に西方の影響で中国人は椅子と机を用いるようになり、豆のような食器はすたれた。劉邦一行は、車座になって酒店の一角に陣取った。
「醢(ひしお)の魚でも、ないか?」
「ないね。干し豆(まめ)しかないです。」
「じゃあ、それでいい。酒はうんと出せよ。」
元から騒がしかった店内が、さらに騒がしくなっていった。異装をしていても、亭長だ。地方の治安の元締めである。普通ならば、客は緊張する。その上、尋常ならざる手下を連れて来ているときたものだ。しかし、亭長はまず酒が運ばれて来たや否や、「まずは皆の衆に、一杯ずつ振舞おうか!」と切り出した。そうして、手下に命じて酒の甕を客の集まりごとに回していった。亭長は、「こらっ、樊噲、お前も行かないか!」と、やや憮然として座ったままであった大男に命じた。この巨漢は、樊噲という名前らしい。それで、黒光りする大きな体をゆすりながら、立ち上がってひょいと甕の一つを持ち上げて、韓信の席の前にやってきた。
「どうぞ―」
落ち着きのある声であった。少なくともこの男、暴漢のたぐいではない。
「あ、どうも―」
韓信は、出された甕から一杯汲んだ。
劉邦のはからいで、座の空気は一気に和んだ。歓声が湧き上がった。「亭長どの!」という気安い声が上がって、劉邦のところにあいさつに行く客が現れた。一人杯を交わしに行けば、後は次々に立ち上がった。
韓信も、その列に加わって挨拶に行くことにした。
(彼を知りて己を知らば、百戦して殆うからず― いい言葉だ。)
韓簫子から聞いた、孫子の言葉を頭で諳んじていた。
「お初にお目にかかります。淮陰の産、韓信と申します。」
若者は、くどい顔をしてどっかりと座った男の前に杯を持って座り、言上した。
「淮陰か、、、あれはよい所だ。楚の中心ともいうべき所だな。」
劉邦は、浮かれ騒ぐ店内の中で、林のように座って返した。この声は、一節歌うとさぞかし美声を披露するであろう。そしてにこりと笑った。やはり、人を安心させる人たらしの笑顔を作ることができる。



