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十 信陵君の継承者(1)

(カテゴリ:101兵法の章

そのとき、韓信の後ろから、もう一人が劉邦に声をかけた。
「他郷でいつもの調子でいるのはよくないですね、義兄 ―」

韓信の後ろに戻って来たこの男は、沛の人、廬綰である。劉邦は沛の支邑である豊邑の中陽里の生まれであるが、廬綰もまた中陽里で生まれた、その上、二人は同年同日の生まれである。両家の父親はその奇瑞を喜び、里中の者が羊肉と酒を持って、両家を祝福した。二人は同じく机を並べて書を学び、成長してもやはり仲がよかった。両家の父も里中の者たちもこの二人をますます喜んで、成人すると再び里中の者が羊肉と酒を持って祝福した。やがて劉邦はいかがわしい道に入り始めるが、廬綰もまた付き従おうとした。廬家の父はようやく苦々しく思って息子を叱ったが、廬綰は聞き入れなかった。亭長になる前の劉邦が軽罪を犯したために家を出て隠れたことがあったが、そのときすら共に付き従って隠れた。とにかく、常にこの義兄と一緒にいるのであった。そんな関係を見て、周勃と夏侯嬰は、ささやき合うのであった。
「― あやしいな。」
「ああ、あやしい。」
じじつ、廬綰は肌が白く、もう壮年なのにいまだに可愛らしい童顔をしていた。普段は無口な男であった。「簫吹き」の周勃、「厩司御」の夏候嬰、「義弟」の廬綰。そして先ほど韓信に杯を注いだ大男の本業は、狗肉売りであった。すなわち、「狗(いぬ)殺し」の樊噲。これが、泗水の亭長、沛の劉邦に付き従う男たちの顔ぶれであった。いずれも、今のところは最底辺すれすれの身分の野郎どもであった。

この劉邦には、明日も会えるはずなのである。韓信は、その旨を彼に言った。
「実は私は、明日の郡守の会合に、南昌の亭長の付き人として参るんです。劉亭長も、行かれると聞きましたが?」
「おお、君も行くのか。だが君は付き人ならば、そのままでは末席に着かされるぞ。会場に上りたいか?」
「ぜひとも!」
「だったら、、、そう、正装をして亭長の補佐役として、堂上に登ればよい。ただし、身なりと振る舞いに気を付けることができるならば、だがな。」
「その言葉のとおりに、心掛けましょう。」
「よろしい。明日は色々と面白いぞ― 虞美人も座興に出ると言うしな。」
それを聞いた周勃が、高い声を挙げた。
「えっ?出るんですか?あの、虞美人が。」
「そう聞いている。滅多に見れないぞ。あの女の舞は―」


翌日。県庁で、盛大な郡守の顔見せのための宴席が行なわれた。
上座に新任の郡守がいて、その脇に郡の武官主席の郡尉、文武の副官である二人の郡丞、それから場所を借りた彭城県の県令以下県庁の首脳陣が居並んだ。その下の左右の席に、招待された泗水周辺の各城市の代表者が陣取った。淮陰の代表として南昌の亭長も、沛の代表として劉邦もそこにいる。これらは各地の父老たちが推薦した、民間からの代表者であった。新任の郡守が「民情を視て、民意を汲む」という名目で招待したものである。
だが特別に郡守直々に招待した名士もいた。それが、外黄(がいこう)在住の張耳と、その盟友である陳餘であった。両者共に今は在野であるが、魏では名の聞こえた人物であってこの郡内においても相当の影響力を持っている。先任の郡守もまた、彼らと交渉があった。だから新任の郡守は、地方行政の引き継ぎという名目で、この名士たちに直々に招待をかけたのである。

宴席には、豪勢な食事が次々と出された。
昔も今も、中国料理の華は、肉料理である。まず脯(ほ。乾し肉)が出される。これだけでも庶民にとっては一晩の食事となるが、宴席ではこんなものは突き出し程度に過ぎない。次いで、鶏と魚の羹(あつもの。スープ)である。素材そのものに旨みがあって、塩と若干の香草だけの味付けでも、何ともいえない深い味わいがある。魚は、彭城の横を流れる泗水から今朝がた水揚げしたものだ。
「おっ、膾(なます)が出るのか。」
「これは、滅多にあり付けないですな。」
魚の肉を薄く切った、膾が配られた。冷蔵庫などない時代である。生け簀から今さっき取り出されて調理されたものだ。その肉を、醤(しょう)にひたして食べる。醤とは肉あるいは魚を塩と麹(こうじ)に浸して醗酵させた上澄み汁のことで、現代の魚醤(ユイシャン、ぎょしょう)の原型である。現代の醤油(しょうゆ)のような大豆を醗酵させた汁が普及するのは、もう少し後のことだ。この汁に、好みによって薑(きょう。ショウガ)を添える。
「ん、、、?これは、黍(きび)酒じゃないな。」
「爽やかな味だ。こんな酒は、珍しい。」
中国の最も古い酒は、鬯(ちょう)という黒黍に香草を混ぜて作った酒である。この時代の酒も、多くは黍を醸(かも)した酒であった。だが今回用意された酒は、江東(長江下流南岸)地方から取り寄せた米酒であった。米の酒が作られた起源は茫漠としてよくわからないが、江東地方の米酒は代々受け継がれていってやがて紹興酒などの黄酒(ホワンチュウ)となる。
まだまだ続く。この後には、この時代で最大のご馳走である、炙(しゃ。焼肉)が出る。このときにどれだけ豪華な肉を出すかで、招待主の財力が分かるというものだ。庶民の宴会は、せいぜい羊肉である。豚肉のほうが味としてはよいが、祝い物としては羊が尊ばれる。だが当然その上には、牛肉がある。牛肉は、裕福な階級でも滅多に食べることができない。
その牛肉の炙が、運ばれてきた。しかも牛数頭を殺したほどの椀飯(おうばん)振るまいである。会場は大いにどよめいた。
「いやいや、大した宴会だ!」
「ここまでやったのは、歴代の郡守どのでも初めてですな。」
だが新任の郡守は、こんなものはもう食い飽きたというわけか、食事などそっちのけで太った体をゆすらせながら各地のお歴々とにこやかな顔をしながら、挨拶を交わしっぱなしであった。劉邦いわく、これが長年役所に勤めていると自然と身に付く「官場笑い」である。内心何を考えているかなどを全く分からなくする芸を身に付けることは、官場を生き抜くために必ず学ばなければならない生活の智慧だ。だがそんな処世術こそが、劉邦が官吏どもを小馬鹿にしている点である。
「― ところで、下相からの代表者は?」
「項梁どのだったはずだが― はて、おりませんなあ。」

劉邦の舎弟たちは、堂下の下座であった。普段は百官の朝礼が行なわれる広場に、莚(むしろ)などをひいて座っていた。食事などは、宴席がお開きとなった後のお下がりまでお預けである。堂下の者にも一応酒は出ているが、酔って狼藉などしないように、各自浅い土器の皿になめるほどしか支給されていない。
「美味そうだな、、、」
「そうだな、、、」
ここでお預けを食らっている周勃と夏候嬰が、堂上の宴会を想像して、悔しがっていた。一段下だから、宴席がよく見えない。そこで、時々立ち上がって、上を眺める。その度に会場管理の県吏たちから「こらっ!」と注意の声がかかる。あわてて座る。ところが、前や横や後ろにいる他の城市の付き人たちもまた、夏候嬰たちと同じように次から次へと立ち上がっては、県吏から注意を受けるのである。あまりの情景に、横で廬綰がくっくっと忍び笑いをしていた。
「樊噲はいいな、、、堂上にいられて。」
「あの韓信とかいう青年もな、、、」
樊噲は、劉邦の後ろに立って番をしている。韓信も、昨日劉邦に言われたとおり、正装をして南長の亭長の補佐役として堂上に登っていた。もっとも、しょせん補佐役だから、この豪華な食事に箸を付けることは許されなかったのであるが。

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各章アーカイブ

           
第一章 兵法の章


           
第二章 伏龍の章


           
第三章 宦官の章


           
第四章 動乱の章


           
第五章 楚滅秦の章


           
第六章 死生の章


           
第七章 楚漢の章


           
第八章 背水の章


           
第九章 国士無双の章


                      
第十章 垓下の章



終章~太平の章