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十 信陵君の継承者(3)

(カテゴリ:101兵法の章

城市の門に至った信陵君は、整列する戦車隊を後ろにして、候生にあいさつした。
「先生、それがしはこれより、信義のために単独で戦いに参ります。」
しかし、それを聞いた老門番の答えは、そっけなかった。
「そうですか。せいぜいご努力を。老臣は、お供できかねます。」

これまでずいぶん礼を尽くし、賓客として迎えてきたのに、何という冷たい態度であろうか。候生とは、結局その程度の人物だったのであろうか。いや、、、そうではないはずだ。彼は、確かに賢者であった。何かあるはずだ、何か、、、そうか!先ほど私は大勢の配下の前で、候生にあいさつを交わした。これでは、秘密の策を言おうにも、言うことができない。そうに違いない、もう一度、引き返そう― そう思って、城市を出た行軍の途上で、少数の者を連れてもう一度引き返した。
城門には、果たして候生が待っていた。
「よくぞ、お戻りで。まずは、お人払いを。」

「二段構えで、行きなさい。」
候生は、信陵君に策を開陳した。
「公子は、以前に王が寵愛する如姫(じょき)の父の仇を討ってさしあげたことがありますな。」
「確かに。王が討つことができなかったので、それがしの手の者に探し出させて討ち取ったのです。」
「今こそ、その如姫にその恩を返していただくのです。王は、兵符(へいふ)を寝室に持ち込むくせがあります。晋鄙将軍に渡した兵符の半分も、必ず寝室に持ち込んでおります。その寝室に今夜侍るのは、如姫。公子は、如姫に依頼して寝室から兵符を持ち出させるのです!」
兵符とは、君主が配下の将軍に作戦を発令する際に、王の信任のしるしとして片方を与える割り符のことである。虎の形にかたどった人形を二等分して作られている。もう片方は君主が持ち、将軍への発令内容の変更は、王が持つ片方を王からの使者が示すことによってのみ有効となる。これが、軍の統制の手続きであった。候生は、その兵符を盗むことによって晋鄙将軍から軍権を奪うことを提案したのである。候生は、にこりとしながら言った。
「公子は、廉潔なお方です。このような寝所の策を使うことは、よもや思いつかれなかったでありましょう?」
「ああ、まさしく、、、お教え、感謝いたします!しかし、しかしながら、兵符を使ったとしても、晋鄙将軍は老獪ゆえ―」
晋鄙将軍は、歴戦の老将である。彼の経験は、兵符が詐術かもしれないと疑うかもしれない。そうして、前線から王に確認の伝令を飛ばそうと言えば、この策は破れる。だが、候生は二段目の策を授けた。
「そのときには、一人の壮士をお使いなさいませ。我が友人で屠肉業を営む、朱亥(しゅがい)です。公子に自信をもって薦めることのできる、智勇兼備の男です。この男が公子の横に侍り、晋鄙将軍が軍権を渡すことをためらったならば、一撃のうちに鉄槌で撃ち殺しましょうぞ!」

策は成った。信陵君は、都で屠肉業を営んでいたこれも隠れた賢者の朱亥を引き連れ、晋鄙将軍の軍営に向った。果たして、如姫の手によって盗み出された兵符を晋鄙将軍に見せても、彼は軍権をすぐに引き渡そうとはしなかった。すかさず、横に待機していた朱亥が、飛び上がって鉄槌を一振りした。次の瞬間、晋鄙将軍は、地に倒れた。
「この将軍は、国に多くの功を為した名将、、、それをあたら殺してしまった。許せ!」
信陵君は、彼のために泣いた。そして、魏兵の軍権を握って、邯鄲への進撃を命令した。信陵君立つ!との報は戦国各国に届き、楚・斉からも援軍がやってきた。秦は、形勢不利と見て、趙から退却せざるをえなくなった。
信陵君の声望がなしえた、功業であった。内に勇士・賢者を味方につけ、外からは援軍を受けて敵からは恐れられる男であった。しかし詐術で兵権を奪った罪を、魏王は許すことはなかった。この後彼は、趙でしばらく亡命生活を送ることになる。だが、信陵君がおらず組し易くなったと見た秦は、今度は魏を標的に定めて猛攻を始めた。自分を追放した魏王は憎いが、しかし祖国の危機を黙って見てはおられない。煩悶した彼は、ついに母国の救援に駆け付ける決意をした。帰国した彼は王と和解して、そうして二度秦の侵略を斥けることに成功したのである。

老門番の候生は、どうなったのか?彼は、信陵君に付いて行かず、大梁の都に残った。そして、主君が魏軍の軍営に着く予定の日程を数え上げて、その日に自らの首を刎ねた。信陵君の門出を祝うために命を捧げたのか?盟友の朱亥が命を賭ける仕事をする日に、自分も供をしたのだろうか?それとも、この歴史に残る貴公子との一幕をより劇的にして、自らもまた後世の記憶に残ることを望んだのであろうか?― それは、誰にも分からない。


このような活躍をした信陵君は、確かに戦国末期に咲いた「乱世の華」であった。ある者はすでに秦の勝利が決定した戦国の争いの中の、徒花(あだばな)にすぎなかったと評する。だが巷間において彼の人気は大きかった。母国の魏はおろか、この楚においてすら、信陵君や同類の孟嘗君とか春申君とかに憧れて熱中している壮年者が、たいてい里の中に一人ぐらいはいたものであった。そういう男は、自分では決してすることができない貴公子たちの華々しい功績の話を、子供たちに嬉しそうに語って聴かせたものだ。韓信もまた、そういった男の一人から聞かされたことがある。
「孟嘗君は知恵はあったが、国に尽す人ではなかった。春申君はわが国では一番の男だったが、楚の跡目騒動に巻き込まれて晩節を汚した。だが信陵君は、真に信義の人だった。孟嘗君も春申君も、彼にはかなわないよ―」
こんな話をよく語って聞かされたものだ。こう語った後、当の話している男は「がんばるんだぞ、お前たちも信陵君みたいにがんばるんだぞ、、、」などと、目の前の子供たちに言うのであった。しかし彼はそのとき子供たちのことなど見ていなかった。自分に言って聞かせているようであった。昔から年ませていた韓信は、その男を見て逆に信陵君という存在がうさん臭く思えてしまった。こういったあまり尊敬するに値しない大人たちに憧れられて、ぺたぺたと彼らの手垢が付いている人物のように感じていた。

この目の前の張耳という初老の男は、韓信が郷里で会ったにせものとは違って、実際に信陵君の門を叩いて食客として過ごした、一応の本物であった。食客として過ごす者は、候生や朱亥のように主命とあらば命を賭して成し遂げなければならない。受けた恩義に対して命を張ってお返しする関係は、まさしく任侠のそれである。この張耳が食客として本物の信陵君からどれだけの知己を得たかはわからないが、彼から漂ってくる雰囲気は、確かに任侠を旨とする人物のものがあった。もう年を取って老成しているが、おそらく若い頃には命知らずの男であったに違いない。
「劉子、、、久しぶりだな。」
「長兄も、相変わらずお元気そうで。」
「昨日着いていたんだろうが。金は払ってやったぞ。だが名刺を付け届けてくるだけでなくて、顔も出さんかい。」
「小さな礼儀は知らず、だが大きな実を返すのが、それがしの長兄への仕え方でございます。」
「ふん、お前はいつもそうだ、、、だから怒る気にもならん。だが前に別れたとき『役人になる』と言っていたが、、、亭長になったか。見違えるようだ。」
「まだまだ、それがしはこれからですよ、、、」
劉邦は、張耳よりもずっと年若い。彼は、信陵君と直接会ったことはない。もと信陵君の食客であって急速に名を挙げていた張耳の門を、彼が駆け出しの頃に叩いたのである。それ以来の関係であった。

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各章アーカイブ

           
第一章 兵法の章


           
第二章 伏龍の章


           
第三章 宦官の章


           
第四章 動乱の章


           
第五章 楚滅秦の章


           
第六章 死生の章


           
第七章 楚漢の章


           
第八章 背水の章


           
第九章 国士無双の章


                      
第十章 垓下の章



終章~太平の章