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九 江東の二人(3)

(カテゴリ:102伏龍の章

項梁が言っていることの背景には、このような事情が存在していた。

幽王とは、楚が滅亡するニ代前の王であった。
彼の先代は、考烈王であった。考烈王は、春申君を信任して令尹(れいいん)とした。令尹とは、楚の官職で宰相に当るものである。王は春申君に江東の土地を与え、彼は江東の地に居ながら令尹の職にあり続けた。
『史記』春申君列伝には、以下のような記事が載せられている。
考烈王には、長らく子がなかった。
春申君は、王のために多くの美女を献上していたが、やはり子を成すことがなかった。
その頃、春申君が新たに寵愛している女がいた。李氏といった。李氏は、彼の子を身ごもった。
彼の兄で春申君に仕えていた李園は、妹をそそのかして、妹の口から春申君に計略を言上させた。
「楚王は、いまだに子がおりません。このままでいけば、王の兄弟が後を継ぐでしょう。しかし王の兄弟は、必ずや自分の側近を重用するに違いありません。その上、あなた樣は国の宰相として、王の兄弟に対して失礼な所業がこれまで度々ございました。ひとたび王がお亡くなりになれば、あなた様は危ないと言わざるをえません。そこで、私が孕んでいるのを隠して、王に献上なさいませ。王は必ず私を寵愛するようになるでしょう。産まれた子が男児ならば、やがて太子となりましょう。あなた様の子が、王となるのです。そうすれば、あなた樣は楚国をことごとく手に入れることができるでしょう。」
春申君は、この姦策を容れてしまった。
彼は、李氏を王に献上した。王は李氏を寵愛し、男子が産まれた。男子は太子となり、李氏は王后となった。
しかし、逆にこの策が、春申君の運の尽きとなった。
王后の兄の李園は、王に重用されるようになった。彼は、今や春申君の存在が疎ましくなっていた。それで、暗殺を計画した。
考烈王が、死の病にかかった。やがて、崩御した。今や老いぼれた春申君は、弔問のためにうかうかと都入りした。宮殿の門に入るや否や、李園の集めた決死の士たちが、彼を刺し殺した。こうして春申君は消され、太子は幽王として即位したのであった。
以上である。
しかし、この話はあまりにうまく出来すぎていて、かえって信憑性があやしい。事前に孕んだ子を送り付けて、しかもうまうまと男子が産まれたなどとは、いかにも後付けの解釈のような印象がする。おそらく事前に計略して孕んだ李氏を王のもとに送り込んだというのは、後世の創作なのではないだろうか。しかし、結果として春申君が王に献上した美姫が男の子を産み、そしてその子が春申君の種である可能性を否定できなかったことはありえたに違いない。李園が春申君を殺したのは、太子の親族が先代以来の実力者を葬ったわけである。これは、後世によく起る国の元勲と新君主の外戚との権力闘争の一つの例にすぎない。何も背後の陰謀がなくても、起りえた事件であったろう。
後に幽王は即位後若くして死に、その後即位した同母弟の哀王― つまり、李氏が生んだ別の子である― はクーデターによって殺されて、異母兄の負芻(ふすう)が即位している。この点でも、春申君列伝の記載は矛盾している。実は考烈王には、すでに男子がいたのである。すでに産まれていた兄を差し置いて、寵姫の産んだ弟が即位したのが、事実であった。
おそらく、春申君列伝に載せられている話は、李氏の産んだ王たちを排除した一派が、彼らを貶めるために流布した伝説であった可能性が高い。王位から排除された負芻の一派は、李園兄妹の一派を滅ぼす機会を窺がっていた。それが幽王の死を機会として、一気に事が行なわれた。その後で、幽王は実は楚王の血筋ではなかったと、宣伝した。この当りに、実情があったのではないだろうか。幽王の死すら、自然死ではなかったのかもしれない。
ちなみに、この幽王出生の秘密は、『史記』呂不韋列伝に載せられている秦王政(つまり、始皇帝)の出生の秘密と、話の筋がそっくりである。おそらく、幽王の話が先にあって、秦王政の話はそれを元に作られたのではないだろうか。後世の者が、秦王政すなわち始皇帝を貶めるために。始皇帝は実は秦の王統を継ぐ血筋ではない、商人の呂不韋と彼の妾の妓女との間に産まれた、いやしい血筋の子に過ぎない、と―。

しかしとにかく、幽王が春申君の子であったという伝説は、すでに巷にかなり広がっていた。
特にこの江東では、そうであった。だから、江東では幽王は春申君の子として人気があった。
江東人には、楚王などに愛惜の心など正直言ってなかった。だが、彼らにとって春申君は別であった。春申君こそが、彼らの真の王であった。楚の政府の姦策に引っかかって惨殺された春申君への同情は、ことのほか強いものがあった。その忘れ形見と言われ、若くして亡くなった幽王にもまた、江東の民の敬慕は集まっていた。江東人にとって、楚王国とは春申君とその子の幽王の王朝として記憶されているのであった。
その春申君と幽王の人気を、利用する― 項梁は、それを目論んだのであった。
項梁は、甥の項羽をじっと見据えた。
まさに、異相の持ち主というべき、甥であった。叔父は、言った。
「お前の、その神秘的な目の輝き―」
項羽の目は、灰色をしていた。それで、瞳が二重に重なっているようであった。こんな瞳の人間は、江東はおろか中国全土を見回しても、滅多にいなかった。
「そして、お前のその見事な体格。それは、伝説を担うにふさわしい外見だ。そこにお前が幽王の子でありすなわち春申君の孫であることが知れわたれば、きっとこの江東人の心を掴むことができるだろう。よいか、お前は、春申君の末裔なのだ。江東の者どもを、率いる運命にある者なのだ、、、心するがよい!」
項梁は、甥を神秘的な英雄として宣伝するつもりでいた。英雄に必要なのは、一目でわかる風貌に超人的な能力、そして、貴い血筋である。項羽には、素晴らしい風貌と人並み優れた能力が備わっていた。項梁は、その上に血筋の伝説を加えて、英雄を作り上げようと目論んだのであった。
だが言われた項羽は、肝心なことを聞いた。
「―しかし、本当なのですか?」
「何が?」
「私が、幽王の子だというのは?」
「嘘だ。」
「嘘なのに、ごまかせるのですか?」
項梁は、鼻で甥の質問を笑った。
「事実などは、どうでもよいのだ。言い続ければ、嘘は本当になる。肝心なのは、期待させることなのだ。この土地の者の奥底にある英雄への願望を、呼び覚ますのだ。凡庸な人間とは、支配されることを内心待ち望んでいる。ただ、自分と同じ凡人には支配されたくない。この人心の機微を、利用するのだ。安心するがよい。この私が演出する。籍よ、お前もそれらしく振舞うのだぞ。お前は、大体が正直すぎる。それは、今後改めなければならない。わかったか?」
こうして叔父と甥の二人の陰謀が、始まった。

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各章アーカイブ

           
第一章 兵法の章


           
第二章 伏龍の章


           
第三章 宦官の章


           
第四章 動乱の章


           
第五章 楚滅秦の章


           
第六章 死生の章


           
第七章 楚漢の章


           
第八章 背水の章


           
第九章 国士無双の章


                      
第十章 垓下の章



終章~太平の章