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十四 単父の呂氏(2)

(カテゴリ:102伏龍の章

馮監御史は、最近秦の行政の人気が急速に低下していることを、感じ取っていた。

彼は、思っていた。圧倒的な威光を放つ始皇帝が頂点にいるから、法と力だけの政治も断行できる。しかし、始皇帝が去った後は?彼はそれを思うと、郡や県の命官たちの不明を嘆かずにはおられなかった。まさか陛下が、本気で不老不死の力を手に入れられるとでも、思っているのではないだろうな?
(もっと郡県の官吏は、明察であるべきだ。上からの指示ばかりを気にして、統治している人民たちを見ようとしない。法とは、億兆の黔首(けんしゅ。人民)のためにあるのだ。黔首の生活を改善するために、今苦い薬を飲ませている。苦い薬を飲み下させるには、官は名医のようでなくてはならないのだ、、、)
馮監御史は、あくまでも秦の官吏であった。法が政治にもたらす功能については、固く信じていた。法なくしては、官吏は必ず無能と腐敗に陥って、しかもそこに居直る。彼は、秦以外の六国が滅んだのは、無能にして腐敗した行政組織が国家を食い荒らしたせいであると、総括していた。彼は、法よりも人徳で人民を誘導するべきだという儒家の仁政説などは、一笑に付すだけの見識を持っていた。
だが、彼はいわゆる「法家思想」には反発していた。
彼はこれまでに、いっぱしに韓非の著作などを引用しながら法家思想を振り回す命官たちに、ずいぶん会ってきた。しかし彼らの多くは、人間の情というものが干上がっていた。法さえあれば善人である必要などない、とうそぶく輩であった。韓非の著作には、確かにそのように読み取れるような毒が込められているのである。
だが彼にとってそれは、韓非の思想を誤解しているように思えた。
(「善意では統治できない」というのが、本来の法家思想なのではないか。それをみな「善意など必要ない」と解釈している。それは、違うはずだ。)
社会全体のための総論を、自分が行動するための哲学にすりかえているのが、馮監御史の会った「法家思想」の信奉者たちであった。秦出身の官吏たちは、統一によって急に組織が水ぶくれしたために、にわかに昇進した者たちが多かった。彼らに、勝者のおごりがないと言えば、それは嘘であった。至るところに、地元民との齟齬が見え隠れした。
このように平静から秦の行政官の資質を危ぶんでいる馮監御史だったので、沛県の県令にも忠告したのであった。
「県令。あなたも、律令の読み方についてはよく分かっているようだ。しかし、今どき律令などは属吏でも熟達しているものは大勢いるのですよ。あなたの下の蕭何などは、あらゆる律令にも詔にも非常に通暁している。その上に立つ郡守や県令は、彼らにはできないことを行なわなくてはなりません。それは、政府と地元の人民とを、親和させることなのです。」
「いや、おっしゃる通りでございますが、なにぶん法というものがございます。法を枉げてまで地元に便宜を図ることこそ、国家に対して不忠であると、卑官は存ずるのですが、、、」
「法を枉げろ、とは言っていません。ただ、県庁が一方的に法を押し付けるだけでは、法もよく施行されないということは、分かるでしょう。地元の社会とは、郷里の父老や各城市の大人(たいじん)などが顔を利かせることによって、運営されています。彼らは、郡役所や県庁から何を言ってくるのか分からないと怯えているのが、いま各地で起こっている実情なのです。それでは、国家の法に人民がなつくはずもありません。畏れ多くも皇帝陛下は、全土を統一された時に、法を全土に敷くことを決意なされました。それは、各国が泥棒のような封建貴族や出鱈目な官吏たちによって、ひどく苦しめられている実情を一掃するためだったのです。皇帝陛下の展望は、遠大なのです。下に使える命官たちは、法の効能を人民に分からせるために尽力しなければ、不忠というものです。県令たる者、郷里の人民の師としてよくよく振舞わなければなりません。国家を慕ってくる者は容れ、国家を恐れている者は諭すように、心掛けなさい。」
県令は、監御史の忠告を神妙に承らざるをえなかった。
とは言うものの、これまでの官吏の人生で、律令を学ぶことだけに専念してきた県令であった。もとは秦の貧しい田舎の出身であったが、若い頃に一念発起して、法を学んだ。その努力が実って官吏には採用されたものの、長い間下積みの生活であった。
それが、にわかに始皇帝の征服によって行政組織が膨張したことによって、県令の職が舞い込んだ。自分としては、努力が実って万万歳の人生であると、思っていたのであった。それが、もっと上の役職の監御史から見れば、全然足りないと言う。
県令は、そんなことを言われても、困ると思った。彼にとって、事情もよく分からない地方の人間と関係を取り結ぶなどは、手掛かりすら掴みようのないことであった。それで、結局彼の態度は何も変わるところがなかった。
しかし、やはり上からの忠告は、強く頭に残っていた。小心者の彼には、県令の査定を行なう監御史の言葉は、非常に気がかりであった。それで、このたび呂公が庇護を求めてきたとき、彼は一挙に飛びついたのであった。
(― これが、地元の人間との付き合いどころだと、言うわけか?そういうわけだな?)
このように、彼は喜んだ。
呂公は、県令の彼にこれまで何度も顔をつなぎ、今困窮して庇護を求めてきた。県令は、今こそ自分の度量の見せどころだと思った。彼は、自分に度量があるのかどうかを考えることなど、いささかもなかった。それで、配下を使って呂公をべたべたに庇護することに、決めたのであった。

「― 呂公、ねえ、、、」
劉邦は、いつものように一味を連れて、王媼(ばあ)さんの店で酒を飲んでいた。県庁に勤めている夏候嬰が、早速劉邦のもとに情報を持って来たのであった。
(― あの巫女ばばあは、呂公を金の湧く泉だと言っていた。確かに、奴は目先の利く商人だ、、、近づいておいて、損はない。)
劉邦もまた、呂公の存在は耳にしていた。彼がこの沛に移ってくる以上は、裏の世界の代表として挨拶をしておくのは当然だと思っていた。
「県令が、もう下にも置かせないような扱いですよ。今度も、県庁で歓迎の宴会が段取りされています。」
夏候嬰からの、情報であった。
「ふん、県令ごときが呂公と付き合えるかよ。手玉に取られているんだよ、きっと。」
劉邦は、一杯あおった。
「そこで、亭長の出番、というわけで―?」
横の周勃が、はやした。
「俺ならば、呂公とでも付き合える。県令では、無理だ。」
「相手さんは、娘の婿を探している、とも聞きますしね―」
劉邦の言葉に、灌嬰が口をはさんだ。彼は、商売で再び沛に長逗留している最中であった。
「ほう、婿を?」
「俺は、単父でも商売をしているから、耳に入るんですよ。呂公の本音は、いろいろな土地を巡って人脈を作ることですよ。年頃の娘がいるが、まだ婿にやるべき男を得ていない、とも。」
「― 美人なのか?」
周勃が、灌嬰に聞いた。
「― さあ?だが、変な娘だとは、聞いている。」
灌嬰は、知っている限りを答えた。
劉邦は、にやにやしながら酒をもう一杯あおった。
(さて、どうしてやろうか、、、)

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各章アーカイブ

           
第一章 兵法の章


           
第二章 伏龍の章


           
第三章 宦官の章


           
第四章 動乱の章


           
第五章 楚滅秦の章


           
第六章 死生の章


           
第七章 楚漢の章


           
第八章 背水の章


           
第九章 国士無双の章


                      
第十章 垓下の章



終章~太平の章