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二十一 律令の如く(1)

(カテゴリ:102伏龍の章

一つの婚礼は、終わった。

数日後、目立たなかったがもう一件の婚礼が、蕭家と鄒家の間で行なわれた。
婚礼の晩、洞房に入った蕭何の横で、阿瑾がこっそりとささやいた。
「あのね、孕んだというのは、間違いでした―」
蕭何は、驚いた。
阿瑾は、微笑みながら言った。
「あの後、月のものが遅れて来たのです。お告げしようと思いましたが、ついつい言えませんでした。」
蕭何は、大きな声を出してしまった。
「ど、どうしてもっと早く、言ってくれなかった、、、」
「だって、あなたがあまりに真剣に私に気を使うので、言いにくかったんです。こうやってきちんと出来たのが、お腹に何もない証拠ですよ。」
蕭何は、赤面してしまった。
窓から、囃し声が聞こえてきた。
「仲が良さそうじゃないか、へへへ!」
いつもの、野郎どもであった。その中には、劉邦もいた。まことに無神経であったが、彼もまた今日の親迎の一団の中にいた。ここまで無神経にやられると、かえって非難のしようがなかった。それが、この男であった。
「うるさいよ、劉季!黙ってな!」
阿瑾が、外に向けて声を張り上げた。彼女は、ひと頃の絶望的な落ち込みを越えて、以前のような子供っぽさを捨てた、一人の女に変わっていた。
駄目押しに、彼女はもう一言投げ掛けた。
「あんたの嫁が、可愛そうだよ、、、この女食いが!」
これには、さすがの劉邦も黙るしかなかった。

阿瑾は、それからすぐに豊を離れて、郡役所の蕭何の元に行った。
劉邦は、呂雉と豊の新居に残った。
結婚してすぐ、劉邦に妾がいることが判明した。
その上、男の子まで産ませていた。
呂公の妻は、やっぱり娘がごろつきに奪われたと思って、夫に泣いて恨み言を述べた。夫は、「それは、男だから仕様がない。」と取り合わなかった。
しかし、当の呂雉は、泣きも怒りもしていなかった。
劉邦は、妾がいることが分かった後でも、彼女にこう言った。
「心配するな。お前は一番大事にしてやる。」
そう妻に告げて、平気であった。
そんな言葉にほだされるような都合のよい淑婦では、もちろんない。
ただ、劉邦の自分に言った言葉は嘘ではないことを、彼女は感じた。
彼女は、夫の言葉を契約のように受け取った。
「一番大事にする」限り、一切不問に処す。
呂雉は、そう考えたのであった。だから、真に彼女が怒るときは、夫が自分をないがしろにして振り向かなくなったときであった。

三年の年月が、経った。
始皇帝が秦王として即位してから、三十七年目となっていた。
咸陽では阿房宮の建設が本格化し、いまだに続いている驪山の陵墓の工事と並んで、人員の徴発はますます増える傾向にあった。そんな中で去年、すでに書いたように東郡に隕石が落下し、政府が隕石の落ちた周辺の住民を皆殺しにするという出来事があった。全土に、重苦しい空気が広まっていた。
そんな中、始皇帝が五年ぶりに巡幸に出発することとなった。咸陽から武関を出て宛(えん)に向かい、江水(長江)に沿って東行する。今回は東の果ての呉や会稽山にまで、足を伸ばす計画であった。それから海沿いを北上して、以前にも行った聖山の琅邪(ろうや)山と之罘(しふ)山に向う。それからさらに、北辺まで回る予定であるという。これまでにもない、大掛かりな巡幸であった。まるで始皇帝は、全土に充満し始めている不穏な空気を、自らが出向いていってその威光によって鎮圧しようとさえ、望んでいるかのようであった。
秦の暦では、年初は冬の始まりの十月であった。始皇三十七年の年初から、皇帝は左丞相の李斯と末子の胡亥らを引き連れて、咸陽を発った。
このとき蕭何は、泗水郡の郡役所で卒史として働いてから、三年が経っていた。
彼が勤める郡役所には、最近またも徴発の命令が下ってきた。
蕭何は、その内容を聞いて仰天した。
「多すぎる!― これほどの員数は、刑徒だけでは足りない。黔首(たみ)の生活が、成り立たなくなるぞ。」
今回の巡幸は、泗水郡を対象としていない。だがそのため、泗水郡には咸陽への徴発が大規模に割り当てられて来たのであった。
「このような徴発は、とうてい実行不可能です。」
蕭卒史は、郡守に会見して、言上した。
しかし、郡守はそっけなく返した。
「如律令なのだ。郡県は、必ず行なわなければならない。」
律令の、如くせよ。
中央から発せられる詔の末尾に必ず書かれている、決まり文句であった。法で全ての行政を執り行う秦帝国では、この言葉は官吏にとって絶対の命令であった。ちなみに「如律令(にょりつりょう)」という言葉は、官僚制がじゅうぶんに理解されなかった古代日本では、いつしか陰陽師が魔物を退散させる際に使う呪文に成り下がってしまった。だが、秦帝国の「如律令」は、法の厳格な運営を官吏に義務付ける、人間の世界への厳命であった。
とにかく、徴発の計画は変わらなかった。
重い気分で自分の執務棟に戻って来た蕭何に、伝言があった。
馮監御史が、自分を呼んでいるとのことであった。
監御史の馮平は、今の蕭何の直属の上司であった。彼は、監御史として郡内の各地を監察したり、咸陽に行って地方の実情を報告することが職務であった。蕭何は、彼に見出されて県庁からこの郡役所に配転となったのであった。
「― 卒史の蕭何で、ございます。」
蕭何は、馮監御史の前に進み出て、平伏した。
「平伏などは、そのくらいにせよ、、、蕭卒史よ。」
馮監御史は穏やかな声で、部下に呼びかけた。

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各章アーカイブ

           
第一章 兵法の章


           
第二章 伏龍の章


           
第三章 宦官の章


           
第四章 動乱の章


           
第五章 楚滅秦の章


           
第六章 死生の章


           
第七章 楚漢の章


           
第八章 背水の章


           
第九章 国士無双の章


                      
第十章 垓下の章



終章~太平の章