蕭何は、言った。
「咸陽の様子は、いかがでございましたか?」
馮監御史は、咸陽から戻って来たところであった。
監御史は、答えた。
「陛下も李丞相も、共に行幸に出られた。それで、残留の者たちの責務は、大変なものであるよ。」
その後に、こう付け加えた。
「― もっとも、陛下が居られなくても行政が動くようでなくては、永続的なしくみとは言えない。陛下が政府の全ての案件を総攬するような体制は、どだい長続きせぬ。今回、陛下が巡幸に出て咸陽を留守にされたのは、秦の組織にとって良いことなのかもしれん。陛下は、とにかく何にでも口を挟まれる性分であるからな。しばらく外遊して、遊んでおられた方がよいのだ。」
彼の、いつもの調子であった。馮監御史は、お気に入りの蕭何の前では、このように辛辣な批評を行なうのであった。
「それは、さておき―」
彼は、本題に入った。
「蕭卒史よ。私は今度、お主を御史に推薦するつもりでいる。」
蕭何は、驚いて聞き返した。
「御史ですか、、、?この私などが?」
「お主だからこそ、御史にふさわしいのだ。」
馮監御史は、自信を持って言った。
「御史は、皇帝陛下の最側近の集団だ。律令と詔の案の作成を、一手に担う。天下で最も法に明るい秀才たちが、全国から集まっている。そろそろ、咸陽も新しい血をどんどん入れなければならん。その時期に差しかかっているからこそ、私はお主を咸陽に送りたいのだよ。」
御史は、中央に直属する命官である。これまでの属吏などとは、身分から待遇までまるで格が違う。いわば、帝国の一族になると言ってもよい。咸陽で法を司る御史は、法を学ぶ官吏たちが等しく憧れる地位であった。蕭何の心は、このとき勇躍することを免れなかった。
その日の、夜。
馮監御史は、わざわざ蕭卒史のために、官邸で酒席を設けてくれた。
以前に県庁で共に仕事をして目を掛けて、彼をこの郡役所に引き抜いた。三年の間事務を執らせて、誤りがなかった。それで、監御史はこの卒史を中央に推薦することに決めたのであった。
酒を進めながら、馮監御史は今本当に言いたいことを、蕭何に語り始めた。
彼は、憂い顔で言った。
「今の秦は、危ない。陛下と李丞相が、二人で突っ走っておられる。それで多くの功績を成し遂げてきた。そのことには、私も賞賛せざるをえない。だが― 人民と心が通じていないのだ。咸陽は、黔首(たみ)から浮いてしまっている。」
それは監御史が痛切に感じている、実感であった。
「それで、今回巡幸を思い立たれた― 陛下のご威光に頼って、各地を巡り歩かれて睨みを利かせる。しかし、、、それは真の政治の姿ではない!」
彼は、語気を荒げた。
彼は、巡幸を行う以上は、咸陽の建設を中断するべきだと思っていた。しかし、丞相の李斯は始皇帝の意向に決して逆らわなかった。それで、咸陽の建設はそのままに続行して、同時に巡幸も行なうこととなったのである。馮監御史のような心ある者は、すでに危ぶんでいた。しかし、大方の咸陽の雰囲気は、始皇帝の威光の魔術にすっかり慣れてしまって、今回も何とかなるだろうと嘯(うそぶ)いているのが実情であった。
「咸陽は、今のままでは危うい。必ず変えなければ、ならない。」
馮監御史は、蕭何にしみじみと語った。
「だから、地方の実情を知る君のような秀才が、中央にもっともっと必要なのだ。中央の政府に地方の人材が集まれば、しぜんと人民との距離も近づくであろう、、、畏れ多いことであるが、陛下の次の世代のことも考えておかなければならない。陛下も、もう御年は五十になられようとしておられる。不老不死の仙薬などは夢物語なのであるから、この先それほど長くもあられないことであろう。」
彼は、もはや始皇帝の治世の終わりについて、言及した。
「― もしこれから万一の事があられたとしたならば、陛下の後を継ぐのは、公子の扶蘇さまとなるであろう。扶蘇さまは父帝と違ってお優しいが、気弱なところがあられる。しっかりした側近たちが必要なのだ。君は、やがて来るであろう扶蘇さまの御世に、もっと人民の心を知る政府を作るための人材として、中央で働いてほしいと思うのだよ。御史にもなれば、高位の爵位と領地が与えられる。咸陽と地元に邸宅を持つこともできる。君の家族にとっても、悪いことではないと思うが?」
「、、、」
蕭何は、黙って馮監御史の話を聞いていた。日頃から監御史の誠実さを敬愛している、蕭何であった。
だが、始皇帝の後継者についてだけは、彼の言っていることに、真実味が欠けているように思えた。
伝え聞かれるところでは、始皇帝の近くで寵愛されている公子は、長子の扶蘇ではない。胡亥という皇帝の末子だ。公子胡亥は、今回の巡幸においても、父帝のそばに付き従っている。いっぽう扶蘇は将軍の蒙恬のもとに預けられて、ずっと北辺の警備に回されている。確かに、後継者が扶蘇であろうという説は、官吏たちの間でも現在ひそかに囁かれている。馮監御史の言葉は、その説とも合致していた。しかし、蕭何が見るに、それは多分に願望を混ぜた予測ではないかと思われた。
いま、秦帝国は立太子すら行なわれていないのである。死を極端に嫌う始皇帝が、自分の死後の後継者を選ぶ手続きを忌避しているために、そうなのであった。怜悧なはずの始皇帝の中のまことに愚かしい一面であるが、そのため誰が巨大な秦帝国を受け継ぐのか、外部の者にはまるで展望が見えなかった。扶蘇か、胡亥か。蕭何は、大方が予測するほど一方にはまだ決まっていないと、観測していた。
それにしても、始皇帝に寵愛されているという胡亥について、その人となりが全く下に漏れ伝わってこないのが、蕭何には不気味であった。
(何者なのか?公子胡亥とは、、、どうして始皇帝に、これほどまでに寵愛されているのか?それよりも、誰もその正体を知らないというのは、おかしくないか?)
だが、馮監御史は、蕭何よりも中央の内情をよりよく知っていた。
その馮監御史にとっては、胡亥はなるたけ意識に上せたくないというのが、本音なのであった。彼は、始皇帝に取り入って寵愛を受けているこの青年の、裏面を見てしまっていた。それで、彼が後継者などもっての他だと思っていた。
(あれは、宦官の趙高と一身同体の子供にすぎない。だが、その趙高とは、、、)
しかし、後継者のことは、家臣の自分ごときが口出しすることができなかった。それで、いくら何でも彼が秦帝国の後継者になるはずがないと決め込んで、意識から追放してしまっていたのであった。
結局、彼が扶蘇を後継者と観測しているのは、何としてでも実現してほしい願望でしかなかった。彼が知る後継者問題は、蕭何の見立てどおりに全く決まっていないのが実態であった。



