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二十三 劉党結成(1)

(カテゴリ:102伏龍の章

劉邦が消えた沛県は、大騒ぎとなった。

「あの男、やはり国家に楯突いたか!、、、」
県令は、激怒した。
呂公の件以来、県令はこの亭長を突き落としてやりたいと、かねてから望んでいた。しかし、この男はこれまで、なかなか尻尾を出さなかった。
それが、今回ついに自分から法を犯したのであった。彼は、配下の官吏たちに命じた。
「絶対に逃すな!奴の家の者を捕縛せよ!どこに潜伏したか、徹底的に訊問するのだ!」
直ちに豊の劉邦の家に、捕吏が送られた。
彼らは妻の呂雉を捕えて、縛り上げた。その間、父の太公以下劉家の他の者たちは、隠れているばかりであった。呂雉は、家から連れ出された。
呂雉は県庁に送られ、獄に入れられた。連行される間、彼女は終始黙っていた。
県庁では、曹参が頭を抱えていた。
(何ということを、してくれたのだ、、、これでは、弁護のしようがないぞ。あんたの妻子を、どうするつもりなんだ!)
やり手の彼であったが、ここまで明白な犯罪では、手加減を加えようがない。特に今回は、県令が息を荒げて躍起となっている。しょせん、彼は属吏であった。上位の郡県の権力が本気になれば、もはや彼の手練手管も無力であった。
「任敖、、、困ったことになった。」
曹参は、横の任敖に言った。
任敖は、長い間腕を組んで考え込んでいた。
それから、曹参に言った。
「、、、劉季は、沛にとってなくてはならぬ男だ。今回のことも、郷里のためにやったことだ。それを、見捨てるわけにはいかん。」
そう言って、やおら席を立った。
「― もはや、思い切った!」
こう言い残して、彼は部屋を出て行った。
「おい、、、どこに行くつもりだ!」
曹参は、あわてて後ろから任敖に声を掛けた。

県庁の離れに設置されている獄は、人民たちにとって最も忌まわしい場所であった。
そこに、官吏たちが乗り込んできた。
呂雉の訊問が、行なわれようとしていた。訊問を行なう官吏は、県令が自ら指名した。いずれも、官吏の中では法に厳格とみなされた者たちであった。すなわち、県庁内で県令の方針に忠実な者たちであり、曹参らとは関係の薄い者たちであった。
「劉邦の妻、呂雉。これより、訊問を行なう!」
呂雉は、後ろ手に縛られて、跪(ひざまず)かされた。
官吏は、彼女の目の前で笞(むち)をぴしりと言わせた。
「聞く。劉邦は、今どこにいるのか!」
呂雉は、無言であった。
彼女は、訊問の官吏を、きっと睨み付けた。
「― その目は、なんだ!」
官吏に怒鳴りつけられても、彼女は一向にひるむことがなかった。彼女は、目の前の官吏を睨み続けた。
女にこのような視線を浴びせ掛けられて、訊問の官吏は逆上した。
「生意気な目をするな!罪人の妻のくせに!、、、」
そう言って、頬を平手でばしり!と打ち付けた。
彼女の口から、鮮血がしたたり落ちた、、、
そのとき。
官吏の首筋に、冷たいものが押し付けられた。
後ろから、声がかかった。
「― そのくらいに、しておけ、、、」
官吏は、ぎょっとして後ろを振り向いた。
「それ以上、この女に手を出すと、、、」
咽に当てられた匕首(あいくち)が、わずかに引かれた。
首筋から、一筋の血が流れ出た。
彼の視線の向こうに、曹参が見えた。
「曹参、、、あんた、獄掾だろう、、、こいつを止めろ!おい、任敖!、、、こんなことをして、どうなるか分かってるのか!」
曹参は、目を閉じて黙っていた。匕首を握る任敖は、にやりと笑った。
いつの間にか、獄の中には十数人が入っていた。
夏候嬰も、その中にいた。
彼は任敖と共に官吏たちを語らって、同心の者たちとついに行動を起こしたのであった。
任敖らに追いついてきた曹参は、もはや手遅れであることを悟った。ここから後は、先の見えない闇の中であった。曹参は、冷ややかなものを飲み下す思いで、一部始終を黙認していた。
夏候嬰は、呂雉の訊問に来ていた官吏たちを縛り上げた後、彼らに言った。
「手荒な真似は、したくない。法よりも、大事なものがあるのだ。命が惜しかったら、劉邦の件について、今後県令の命令を一切聞くな。」

その後、沛の城市の呂家の屋敷に、ひそかに男たちが出入りするようになった。
呂雉は、夏候嬰に県庁から連れ出されて、子供たちと共にここにかくまわれた。
彼女の二人の兄は、妹を隠すために全力を尽した。劉邦の逃走の援助も、実はひそかに彼らが行なっていた。すでに夫を亡くして気落ちしてしまっていた呂家の妻は、婿の劉邦が逃走して娘が捕えられたことを聞いて、肝をつぶしてしまった。弱りきって臥せっているところに、娘が帰ってきた。彼女は、はらはらと涙を落としながら、娘に言った。
「― なんという、悪い婿にお前を嫁がせてしまったんだろう、、、!不憫な娘だ、不憫な娘だ、、、」
しかし、呂雉は母の手を取って答えた。
「― 母上、私は後悔など、しておりません。これも、運命でございます。」
呂雉の声は、落ち着いていた。彼女は、もはや母の知る昔の奇矯な娘から、さらに前に進んでいた。しかし、老いた母親には、それを読み取ることなどできなかった。彼女は、またも娘の手を取って泣き始めた。
ある夜。
屋敷の中の大部屋に、多くの男どもが集まっていた。
呂家の二人兄弟、呂澤と呂釋之がいた。
沛県の官吏たちが、多数いた。夏候嬰に、任敖がいた。曹参までが、いた。彼もまた、敢えてこの場に居ることに決めたのであった。
城市や農村の者どもも、集まっていた。その中に、周勃や灌嬰もいた。
そして、乳飲み子を抱えた呂雉が、兄たちの横に座していた。

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各章アーカイブ

           
第一章 兵法の章


           
第二章 伏龍の章


           
第三章 宦官の章


           
第四章 動乱の章


           
第五章 楚滅秦の章


           
第六章 死生の章


           
第七章 楚漢の章


           
第八章 背水の章


           
第九章 国士無双の章


                      
第十章 垓下の章



終章~太平の章