«« ”一 邯鄲の家(2)” | メインページ | ”二 力だけを信ず(2) ”»»


二 力だけを信ず(1)

(カテゴリ:103宦官の章

政と母はもう一歩で殺されかけたが、二人とも何とか生き延びた。

政たちは、味方する宦官たちの手によって、趙王の宮城の中に導かれた。彼らは、民の危害を受ける市中よりも、むしろ王の懐に飛び込むほうが安全であると考えたからであった。
「邯鄲の民は長平以来、秦人の肝を食らい皮の上に寝(い)ぬることを願っております。かの孺子(こぞう)は、秦の王族の子。民の怨嗟の的であります。この際、すみやかに殺すべきです!」
このような進言を王にする者たちが、政府内にいた。
彼らは、長平の戦で主戦論を唱えた、大貴族たちであった。皆、領地欲しさに秦軍をあなどって戦争を主張した過去を持つ者どもであった。敗戦後の彼らは、秦軍への復仇を大声で唱えるようになっていた。声を大きくすれば、それだけ自分たちへの責任が後ろに隠れると打算してのことであった。そして趙王は、案の上彼らに何の咎も与えることができなかった。
彼らに政を殺すように説得された趙王であったが、王は秦が恐ろしかった。政の父が本当に宦官たちの言う通り秦の太子ともなれば、子供を手にかければその恨みは計ることすらできない。王は、こちらでも決断をすることがなかった。
宮中の一室を与えられた政に、訪問する人たちがあった。
「伯母上、、、陰姉!」
母の姉の華陰と、娘の陰姉であった。どういうわけか彼女たちは、宮中に出入りすることができていた。陰姉は、政の顔を見て大いに笑顔を見せた。
「大変なことが、ありましたね、、、でもここならば、皆がお前を守ってくれるでしょう。まずは、一安心です。」
華陰は、政にやさしく声を掛けた。
「伯母上、趙一や趙二は?」
政は、男の子たちのことを聞いたが、彼女の答えは当を得なかった。
「、、、あの子たちは、ここに連れてくるわけには、いかないのです、、、ごめんなさいね。」
華陰が顔を曇らせたので、政はそれ以上聞くのは悪い気になって、問うのをやめた。
入れ代わりに、陰姉が声を挙げた。
「実はね、政としばらく会わない間にね、私にまた弟が生まれたのよ!、、、とっても可愛い子だよ!」
だが、それを聞いて華陰が血相を変えた。
「だめ!、、、言っては、だめよ!あの子のことは、、、絶対!」
彼女は、必死で娘の口を閉じさせた。娘は、母に言われて黙るより他はなかった。
華陰は、話題を変えようとした。彼女は、改めて政に言った。
「政。ここで生きていくためには、決して人々に逆らってはなりません。あなたには何も罪はありませんが、世の中にはあなたを快く思わない人が、いるのです。あなたは、人々に決して害のない子供だということを、常に見せておかなければなりませんよ。少しでも疑われたら、あなたの身が危うくなるでしょう。あなたは、賢い子です。必ず、良い子に振る舞いなさい。よいですね。」
政は、伯母上に言った。
「私は、嫌われているのでしょうか?何も悪いことを、していないのに、、、」
伯母上は、答えた。
「あなたには罪はなくとも、あなたの母国に仇があるのです、、、いたし方のないことです。やがてお前は、母国に戻る日が来るでしょう。それまで、決してこの国の人々に逆らわないように、過ごすのですよ。」
華陰は、政の目を見つめながら諭した。政は、母よりも彼女の言葉にこそ、心を動かされていた。
「はい。よくわかりました。伯母上。」
彼は、はっきりと答えた。

しばらくして、政は趙王に謁見した。
政は、伯母上の教えをよく守って、努めて従順に、かつ明朗に王に応対した。とても、年端のいかぬ少年とは思えない立派な挙措であった。王は大いに喜び、政を堂上の王座のそばに招いた。
「その方がもし秦の後を継いだならば、二国は親しくせねばならぬぞ、、、寡人に誓うがよい。我らは決して争いはせぬ、と。」
王は、親しく政の手を取った。この頃趙は、他の諸国と共に秦の咸陽まで赴いて、秦王に従順の礼を尽すところまで落ちぶれていた。意気の上がらない趙王は、何としてでも秦と争いたくなかった。それで、従順な政の姿を見て、喜色満面であった。王に親しく声を掛けられて、政は大いに喜んでみせた。だが、喜んでいるのは堂上の二人だけであった。王の左右に居並ぶ群臣たちは、少年の姿を冷ややかに見ていた。
王の庇護を受けているので、宮中の大人たちは誰も政に手を出すことができなかった。しかし、悪意は別のところからやって来た。
政は、宮城の中で暮らすようになってから、趙の貴族たちの子弟に誘い出されるようになった。すでに華陰の子供たちと会えないようになっていた彼は、新しい男友達の輪に入ることができたのが、大変嬉しかった。
政は、努めて明るく、そして従順に振舞った。伯母上の言い付けを、肝に銘じていたからであった。
一月が経った。彼は、明るかった。
二月が経った。まだ、彼は人を信じていた。
三月の頃に、彼は寝床で苦しんでいた。母が心配して、どうしたのか聞いた。しかし、政は何も答えなかった。決して口外するなと、彼らに言われていたからであった。衣服の下には、無数の笞刑の跡があった。お前は秦の王族として、罪を受けなければならないと言われたからであった。彼は、無言で耐えた。
四月。
五月。
趙の子弟たちの政への虐待は、ますますひどくなっていった。彼らはそれを正義であると思っていたので、何のためらいもなかった。政は、虐待されることが正義であると、周囲の「友達」たちに、教え込まされた。母国が趙に行なった暴虐の数々を並べ立てられて、政は涙を流しながら、平身低頭して謝罪した。その謝罪があまりにも甲斐甲斐しかったので、「友達」たちの嗜虐心はさらに煽られた。自分たちが、大人にはできない秦への圧迫を代わりに行なっている気分となった。子供は、大人たちの心中の願望に、とても敏感であった。
ある夜、後宮の宦官の一人が、宮城の望楼の下に貴族の子弟たちが集まっているのを発見した。
「声が小さいぞ!もっと大きな声を出せ!」
「なにを、泣いてやがるんだ!泣いたら許されるとでも、思ってるのか!」
下で、子弟たちが騒いでいた。望楼の上から、子供の声が、聞こえてきた。
「― 秦鬼子!秦鬼子!秦鬼子、、、!」
宦官は、あわててその場に駆けつけてた。
「ちィッ、、!」
子弟たちは、見つかって急いで逃げていった。
望楼の上にいたのは、政であった。助け出されたとき、彼は寒空の中に素裸であった。連れられて戻るときの彼は、泣く以外に何もすることができなかった。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://suzumoto.s217.xrea.com/mt/mt-tb.cgi/1028

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

          

各章アーカイブ

           
第一章 兵法の章


           
第二章 伏龍の章


           
第三章 宦官の章


           
第四章 動乱の章


           
第五章 楚滅秦の章


           
第六章 死生の章


           
第七章 楚漢の章


           
第八章 背水の章


           
第九章 国士無双の章


                      
第十章 垓下の章



終章~太平の章