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二 力だけを信ず(2)

(カテゴリ:103宦官の章

政が受けていた仕打ちを知った周囲の者は、しかし加害者の子弟たちを咎めることはできなかった。

彼らの家は、全て趙の重臣を出す家族であった。外国の中で息をひそめて暮らしている政の母子には、どうすることもできなかった。
政は、自分の室に閉じこもるようになった。大人たちは、この不条理に何の答えも出してくれなかった。それで、泣くしかなかった。
「伯母上、、、私はどうすればよいのですか、、、伯母上、、、」
政は、伯母の華陰を、思った。独りでいればいるほど、優しい彼女の姿が目に浮かんできた。
「陰姉、、、」
陰姉にも、会いたかった。どうして彼女は、最近来てくれないのだろうか、、、?
しかし、彼女たちと政のつながりは、このとき残酷にも尽きようとしていた。

ある晩の、ことであった。
今日も、自分の室にこもり続けていた政であった。
だが、宵のうちになった頃、突然室を抜け出した。
長くふさぎ込んでいた後に、彼の中に湧き上がるものがあった。このまま、何も分からないままに押さえ込まれているのが、耐えられなかった。抜け出したいという衝動が積もって、少年を突き動かしたのであった。
彼は月夜の中を、宮城の奥に向けて進んでいった。
(行くところまで、行ってやろう、、、)
彼は、そう思ってあてもなく歩き続けた。歩くことだけが、今の彼にできる唯一の行動であった。
宮城は、広かった。いくつもの室を、通り抜けた。夜の宮中は誰もおらず、物音すら立つことがなかった。
もう一刻も、さまよい続けたのかもしれない。
政は、わずかに薄い明りを、向こうに目ざとく見つけた。彼は、そこに向って行った。
(ここは、、、何だ?)
かなり広い一室のようであった。豪華に彩色された柱が、立ち並んでいた。室内は、いくつかの燭台の明りによって、照らされていた。むせるような臭いが、奥から流れ出して来ていた。
(「閹官」たちの、臭い、、、)
それは、香を焚いた匂いであった。
政は、柱の影から、中を覗き見た。
奥には、吊るされた薄絹で周囲を囲った空間があった。薄絹の下には、見事な錦繍を施した敷物が敷かれていた。
やがて、薄絹の向こうから、声が立ち始めた。人が、いるのであった。
とぎれとぎれの、女性の声であった。
(人がいる、、、まずいな。)
薄絹の向こうに、人影が映っていた。影は、それまで止まっていたが、急に激しく動き出した。それと共に、聞いたこともないような、女性の異様な苦しみの声が響き始めた。
政は、逃げようと思った。しかし、どういうわけか心臓が高鳴り、しばらくの間足を止めて見つづけてしまっていた。
(だめだ、、、いけない!)
政はようやく顔をそむけて、今自分が入り込んでいた空間に、向き直った。
すると、見渡した向こうに、誰かがいた。
燭台に照らされて、その横顔を見ることができた。
それは、政が知っていた顔であった。
(趙一、、、!)
政は、長らく会えなかったほんとうの友達の姿を確かめて、一挙に心が沸き立った。
彼は、思わず彼のいる角に、踏み出そうとした。
そのとき、その角から、うめき声が上がった。
「あうっ、、、、!」
彼は、前にかがみ込んで、そのまま膝を突いた。
一瞬の沈黙の後、薄絹の帳の中から、人が出てこようとする気配が起きた。
政は、恐怖で足を止めて、後ろの暗がりに下がった。
「、、、何をしている、、、、」
男の声が、響き渡った。
政は、恐怖のあまりにその室から走り去った。
しかし、政のことはどうやら気付かれなかったようであった。
もっと重大なことが、彼が走り去った後の場所で起っていたからであった。

伯母の華陰は、決してしてはならない掟を破っていた。
彼女たちの一族は、趙王国によって封じ込められていた血筋であった。その一族に男子が産まれたならば、直ちに去勢して宦官と為すことが、厳命されていたのであった。しかし華陰は、彼女の男の子たちをすでに去勢していると、偽った。
政が宮城に収容されたちょうどその頃、彼女の男の子たちに、宦官として後宮に収容すべき命が下った。彼女は、煩悶した。もし去勢されざる者が後宮に侵入したことが発覚したならば、大罪である。こんなことになるならば、彼らが分別がある年齢になる前に決断しておくべきだったと思った。彼女は子供たちに、これから一生残る屈辱を味わせるべきなのか、激しく思い煩った。
結局、彼女は子供たちを後宮に送った。
だが、恐ろしいことに、子供たちの体はそのままであった。彼女は子供たちを、徹底して演戯させるようにした。親しい宦官に何とか頼み込んで、子供たちを宦官として扮装させるように頼み込んだ。同じ一族である宦官の男は、何も言わずに引き受けた。上の子は、間もなく声変わりがする年齢であった。彼は体毛を慎重に剃られ、そして可能な限り言葉を発しないようにと、指導された。
(何とか、生き延びて、、、いつか、こんな趙から、あなたたちが逃げられる日が来れば、、、)
華陰は、祈った。彼女は、政に男の子たちを決して会わせなかった。親しい子供たちの間では、気が緩んで秘密を漏らすかもしれないと恐れたのであった。
だが、致し方のないことが起ってしまった。
上の子が、後宮で精通してしまったのであった。
思春期を迎えようとしていた子供に、後宮の王が溺れ込む淫猥な痴情の世界は、あまりにも刺激的すぎた。それは、致し方のないことであった。
しかし、この件によって、政と華陰たちとの関係は、断ち切られてしまったのであった。

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各章アーカイブ

           
第一章 兵法の章


           
第二章 伏龍の章


           
第三章 宦官の章


           
第四章 動乱の章


           
第五章 楚滅秦の章


           
第六章 死生の章


           
第七章 楚漢の章


           
第八章 背水の章


           
第九章 国士無双の章


                      
第十章 垓下の章



終章~太平の章