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五 李斯と韓非(1)

(カテゴリ:103宦官の章

李斯は、かつて荀子の下で学んだ時代があった。その時代、彼の最大の論争相手は、同学の韓非であった。

李斯は、もと楚の上蔡の小官吏であった。いっぽう、韓非は韓のれっきとした王族の一人であった。二人の身分は天と地とも違ったが、彼らは一つの共通点を持っていた。― この世界は、何かがおかしいと感じていた。そのおかしい何かのために、全ての人が苦しんでいるのではないかという、予感を持った。だから、それを知るために、二人は当時最高の学者である荀子の下に赴いた。
李斯は、大変に弁の立つ男であった。彼は古今のあらゆる書物を読破し、その一々を同学の前で一刀両断に批判して、理論的矛盾と不備を解剖してみせた。同学たちは、彼の秀才に舌を巻いた。それに比べて、韓非は普段から沈黙していることが多く、自分の意見を語るときも言葉少なであった。彼は思索と著述の人間であり、多くの同学は、彼の真価を知ることがなかった。
あるとき、同学たちが集まって、理想の政治体制について議論していた。議論の中心にいたのは、当然のごとく李斯であった。
「国家を運営するためには、法と刑罰は必ず採用しなければならない。人徳の教育だけで社会が改善できるなどというのは、現実を知らぬまやかしだよ。むしろ、官吏に人徳の教育などは重要なことではない。人徳はあるに越したことはないが、法と人徳のどちらを取るかと言えば、必ず法を守ることを最優先となさなければならないだろう。これまでの主張は、本末を転倒していたのであるよ。」
李斯の意見に、同学の一人が言った。
「そんなことはあるまい、李氏よ。孔子は『君子徳を懐(おも)い、小人土を懐い、君子刑を懐い、小人恵を懐う』と言っている。なるほど、社会を動かすには刑も必要ではあるが、国家を運営する者たちが人徳をおろそかにしたならば、国家はどこに向うというのであるか?」
もう一人の同学が、言った。
「その通りだ。孔子はまた、『その身正しければ令せずして行なわれ、その身正しからざれば令すと雖(いえど)も従わず』と言っている。上の者に人徳がなければ、下は押し付けられた法に従うはずがない。どうして人徳よりも法の方が重要であるなどと、言えるだろうか?」
しごく穏当な、反論であった。
しかし李斯は、言った。
「― 私は、もと上蔡の小官吏だった。」
それから、自らの経験から来る実感を、語り始めた。
「仁義、人道、徳政、救民、、、これらの立派な言葉は、常に貴族や士大夫たちが口にする言葉であった。彼らは、仁義を忘れず仁政を行なうのだなどと、いつもいつも称していた。なんと、大した心掛けではないか?― ところが、実態はどうであったか。彼らの仁愛とは、結局自分に諂って言い寄ってくる者どもを、法を枉げて保護してやることであった。それによって、許すべからざる狗盗どもや任侠気取りの悪人が、上の圧力によって野放しとされた。彼らは、自分を慕って来る民の困窮を見るのに忍びないと言っては、法に介入して己の庇護民の労役を免除してやった。そしてその分は、ものも言えないもっと下層の民に押し付ける結果となった。国王は、戦争の指導を過った王族を、王の一族であるからと言って罰も与えなかった。彼らは、それを君主の仁愛として絶賛したものだ。そのために戦争責任はあいまいとなり、無能な者が高位に座り続けることとなった。そのため、国はますます弱くなった。結局彼ら貴族や士大夫たちは、仁義を尊んでいるのではないのだ。仁義に名を借りて、厳しい法の世界から目をそむけたいだけなのだ。奇麗事だけを愛し、自分に心地よいことだけを見ようとするために、仁義を利用するのだ。人間の心とは、かくも情けなくも愚かしい。しかも、力を得て位が上に行けば行くほど諂いに惑わされるようになり、退屈な法の責任よりも体裁の良い美辞麗句を愛するようになる。それが、人間の現実というものなのだよ。だから、法の方が仁義よりも先に民を救う、と私は言うのだ。まず、法という掟が絶対に枉げられないことを強制しなければ、仁義の掛け声などは百害あって一利もない。諸君、孔子の言葉が真に価値ある世界を作るためには、一度政治から仁義を追放するぐらいの気構えがなくてはならないのだよ―」
李斯の言葉に、衆人は沈黙した。
だが、その後ぼそりと、横から声を出すものがあった。
「― まだ、善を信じている。」
一同は、声の出た方向を振り向いた。
韓非であった。
李斯もまた、彼の方を向いて言った。
「韓子、、、まだ善を信じている、と言ったな。」
韓非は答えた。
「ああ。それゆえ、批判しなければならない。」
李斯は言った。
「私は、仁義の善よりも先に法の掟を置いた。それは、正しい政治が個人の仁義の善によって乱されることを防ぐためだ。そのことが、何が悪いというのか?」
だが、韓非は言った。
「― 権力とは、善ではない。悪でもない。ただの力だ。君のように、政治という世界をよりよい善の実現という面から見続けている限り、真の回答は、ない。」
「な、なにっ、、、!」
李斯は、この滅多に議論に加わらない貴公子が、以前からいらだたしかった。積極的に発言をしないくせに、常に自分を含む周囲に冷笑的であった。李斯は、彼をできるだけ無視しようとした。なのに、このように彼が時に反論した言葉を、どうしても見過ごすことができないでいた。
「― 私は、口下手なのだ。君のように、理路整然と議論をすることができない、、、失礼するよ。」
そう言って、韓非は席を立った。
李斯は、憮然として残されていた。

だが、李斯は次第に韓非に近づくようになった。
韓非の思想には、何か自分がまだ行き着いていない深奥がある。李斯は、そう思った。それで、彼は韓非の所に出向いて、やがて共に研究を行なうようになった。
「『勢』。この概念を、理解しなければならない。」
韓非は、李斯に言った。
「『勢』、、、何という、醒めた概念であろうか。国を動かすのは、善でも悪でもない。ただの、君主という地位が持つ、富と暴力の力。国家という機械は、『勢』によって動き、そして『勢』によってしか動くことがない、、、何という、虚無的な思想なのだ!」
李斯は、韓非が発掘した前世代の思想家、慎到の理論をひも解いていた。そこで展開される『勢』の理論は、伝統的な善の価値による政治の理論をくつがえす、冷徹な現実分析であった。
韓非は、言った。
「善とは、決して自明の理ではない。この厳しい認識を、まず持たなくてはならない。善というものは、時代と環境と立場によって、一定しない。君主が国の未来を思って行なおうとする政治は、現在を耐えしのばなければならない庶民にとっては、悪でありうる。旧弊を一掃しようとする為政者の善は、伝統を守る貴族たちにとっては、明らかな悪だ。ゆえに、普遍的な善というものは、存在しない。だから、善の原理によって国家を動員することは、不可能にしてかつ非能率なのだ。」
韓非は、韓の王族の出身であった。小国の韓には、昔から儒家の統治思想とは違った知の伝統があった。韓が本拠地とする中原地帯は、権力が最も激しく争い、かつ大都市が建ち並んで人の移動があまりにも激しい。その難治の世界の真っ只中にあって、思想はしだいに理想主義から距離を置くようになっていた。人を愛する徳を称揚する儒家とは違い、人を制御する法を称揚した。絶対的な善が必ずあると断言する儒家とは違い、人の善悪の判断は根本的な道からの主観的な寄り道に過ぎないと突き放す道家が受け入れられた。韓非は、そのような知的空気を吸った思索家であった。
韓非は、続けた。
「それでも、国家を動かそうとするならば、善悪の向こうにある力の場所にまで行き着かなければならない。それが、『勢』なのだ。『勢』によって国家が動くことを、まず認めること。そして、『勢』を効果的に振り下ろすための最適の道具を、見出すこと。その道具とは、、、」
「『法』と『術』だというのであるな、韓子よ?」
李斯は言った。
「その通りだ。」
韓非は、言った。

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各章アーカイブ

           
第一章 兵法の章


           
第二章 伏龍の章


           
第三章 宦官の章


           
第四章 動乱の章


           
第五章 楚滅秦の章


           
第六章 死生の章


           
第七章 楚漢の章


           
第八章 背水の章


           
第九章 国士無双の章


                      
第十章 垓下の章



終章~太平の章