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五 李斯と韓非(2)

(カテゴリ:103宦官の章

『法』。

韓非の師の荀子もまた、為政者が法刑を積極的に活用するべきことを主張した。だがそれは、放っておいては本性のままに放縦をなす人間を矯正して善に向わせるための、倫理的手段として考えられていた。
しかし、韓非が統治の主眼となす『法』は、師と力点の置くところが違う。
韓非は、こう言った。

― 明主は法をして人を択ばしめ、自ら挙げざるなり。法をして功を量らしめ、自ら度(はか)らざるなり。

国家の機構とは、まことに膨大である。君主一人の力量で、全ての百官人民を統御することなど、全くできはしない。もしそれをできるなどと称する者がいるならば、それは現実を知らない不智の者であるか、あるいはただの嘘つきである。韓非の『法』は、むしろ為政者に代わって統治を行なう、統治の真の主人として登場するのだ。
君主は、主権者であるゆえに、国家の富と暴力を全て独占している。君主は、その力を下に向けて賞と罰の形をもって振り下ろす。賞と罰は、君主が放さず握り続けておくべき二本の柄(え)である。
その賞と罰を、君主は『法』に従って与えるのである。家臣が上奏した言葉は、「契」(けい)すなわち契約書として記録される。契約の記録どおりに実績を行なったかどうかを後日確認して、実行した者には賞を与え、実行しなかった者には罰を与える。また家臣が君主から委任を受けて事業を行なう際には、「符」(ふ)すなわち割り符を交付する。割り符の片方は君主が持ち、もう片方は事業を行なう家臣に渡す。これは、君主からの委任状である。「符」を持っている者だけが、事業を遂行する権利が与えられる。このように、君主は恣意的な判断を行なわずに、全て書面で記録された通りに賞と罰を与えることに専念する。この一見非人間的な統治法こそが、実は家臣の力を最も大きく引き出すのである。
韓非は、李斯に向けて言った。
「君主の権力は、全ての下の者に開かれていなければならない。だが君主が人徳で家臣をなつけようとしても、果たして何人の良臣を得られるというのであろうか?国家に仕える人士は、数え切れないほど多いのだ。たとえ聖王の堯舜であったとしても、全ての家臣の意見を聞いて判断することなど、できるわけがない。現代の凡庸な君主では、なおさらのことだ。人徳では、真に国家の力は引き出せない。」
李斯は、答えた。
「ゆえに君主は人徳などに頼らず、『法』に仕事をさせるに尽きるというのであるな。人間個人の善よりも、賞罰の規則の方がはるかに大きな仕事をすることができる。それが、国家の必然の道であるのか。」
韓非は、言った。
「そうだ。国家は、善悪を越えた力の場であるのだ。人徳ごときで動くなどと生易しく考えるのは、現実を見ようともしない儒家の言葉であるよ。」
李斯は、韓非に言った。
「確かに、道理である、、、だが、それに加えてさらに君は『術』を使えと言う。君の『術』は、さらに冷酷な概念だな!」
『術』とは、韓非の故国韓の宰相、申不害(しんふがい)に起源を持つとされる思想である。
韓非は、李斯に答えた。
「国家を力の場であると見切ったならば、『術』もまた見逃してはならないのだ。君主は、富と暴力を独占していることによって、下の者に賞と罰を振り下ろす力を持っている。だがもし君主の独占が損なわれたならば、その力もまた絶対的な効力を持たなくなるであろう。『術』は、『法』の効力を損なわないために、必ず取らなければならない手段なのだ。」
もし家臣の中に、君主の権力をしのぐ富と影響力を持つ者が現れたならば、どうなるであろうか?民は君主が公布する『法』よりも、その家臣の私的な罰を恐れるであろう。人士たちはむしろ、その家臣に取り入ることによって栄達を望むようにもなるであろう。それは、国内に別の国を作らせることになり、君主の『法』が届かない世界を作ることになる。これは、国家の運営にはなはだしい害を及ぼさずにはいられない。
そこで、君主は家臣の力が大きくなりすぎることを、抑止しなければならない。徒党を組むことを厳罰に処して、家臣が私的な軍隊を持つ道を絶たなければならない。功を積み過ぎて権勢が大きくなり過ぎた家臣には、粛清を与える非情の判断も必要である。申不害の『術』は、『法』が効力を持つための前提を損なわないために、君主が心に留めておくべき統治法なのだ。『術』を効果的に使うためには、君主は家臣から超然としなければならず、決して家臣を愛してはならない。
こうして、『勢』・『法』・『術』の三つの概念によって、韓非の理論は形作られていった。
「― 早く、この理論で現実に革命を起こしたいものだ!」
李斯は、うなった。
韓非は、静かに微笑んでいた。

李斯と韓非の共同研究は、やがて法家理論として形作られていった。
自らの理論の正しさに確信を持ったとき、李斯は荀子の下を去ることにした。
彼は、師に言った。
「『時を得れば、怠ることなかれ』― 私は、このように聞いております。今、万乗の諸国が相争い、説者が東西に奔走している時代です。秦王は、いま天下を併呑しようとしている勢いで、帝とすら称しようとしています。今こそ、布衣(ほい)の匹夫が馳駆して遊説を行うべき時期です。卑賤の地位にいながら何らの計も立てようとしないのは、たとえるならば禽鹿が肉を見ながら、人が近くにいるのでやむなく通り過ぎるようなものです。卑賤よりも大きな恥はなく、困窮よりも大きな悲しみはありません。久しく卑賤の位に処(い)て困苦の土地に暮らし、世を非となして利を悪(にく)み、自ら無為の境地にうそぶく。それは、いやしくも士たる者の情ではありません。ゆえに、私はこれより西に赴いて、秦王に説きに出ようと思います。」
李斯は、荀子の門下で最大の俊秀であった。心は野心にあふれ、頭脳は激しく回転していた。この男がただの学究に留まっていることは、もはや不可能であった。彼は、勇躍天下に打って出る道に進んだのである。
秦に向うことを決めた後、彼は韓非にもまた諸国を遊説することを薦めた。
「共に、天下に革命をなそうではないか、韓子よ?」
しかし、彼は李斯の誘いをすげなく拒絶した。
「私には、遊説など向かぬ。いずれ、故国に戻ろうと思う。」
韓非の言葉に、李斯はわざと残念がってみせた。
「― この時代に生まれて、君は学究のままで過ごすというのか?何とも、歯がゆいことよ!」
だが彼の内心は、理論だけに埋もれる韓非の行動力のなさを、憐れんでいた。
(君は、そこまでの人間だ。現実を変えることは、できない。― 私は、君のさらに向こうを目指す!)
李斯の心を知ってか知らずか、韓非はこのときもまた静かに微笑むだけであった。

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各章アーカイブ

           
第一章 兵法の章


           
第二章 伏龍の章


           
第三章 宦官の章


           
第四章 動乱の章


           
第五章 楚滅秦の章


           
第六章 死生の章


           
第七章 楚漢の章


           
第八章 背水の章


           
第九章 国士無双の章


                      
第十章 垓下の章



終章~太平の章