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八 幻影(2)

(カテゴリ:103宦官の章

心中で思っていることは正反対であれ、胡亥は父帝の前ではそれを一切表に出さず、実に忠実に仕えた。

父帝の逆鱗に触れないためには、よく働きながらも一切の出過ぎた振る舞いを慎むことが肝心であった。およそ感情が干上がっている父帝に仕える秘訣は、あたかも自らを路傍の石と化して、無生物であるかのように思われることに尽きる。趙高は、胡亥にこのことを徹底的に教え込んだ。教え込まれた胡亥は、趙高の指示することだけは、絶対に守る子供であった。それで、始皇帝も遠ざける理由を持たずに、自分の公子たちの中で唯一近くに置く存在となっていた。始皇帝は、かつて趙陰が残した遺言を密かに気にしていたのであろうか?― しかし彼の内心は、誰にも分からなかった。

咸陽の都に、秋が深まっていた。
始皇三十六年、すなわち政が秦王として即位してから、三十六年が経った年の暮れであった。秦の暦は瑞頊暦(せんぎょくれき)といって、冬の始まりの十月を年初とする。それで、日の光の勢いが衰えていく関中の秋の日は、秦帝国の一年が今年も過ぎようとしていることを感じさせるものであった。
この年、以前書いた隕石の事件があった。東郡に隕石が落下し、石の上には始皇帝を呪う言葉が何者かによって掘り込まれていた。誰が大逆の言葉を彫り込んだのかは、結局明らかでなかった。秦の政府が行なったことは、隕石の落下した周囲の住民どもを、連座の刑で皆殺しにしたことであった。
一人の使者が、東から函谷関を通って、関中に入って来た。
函谷関は後に関所の代名詞ともなったように、秦帝国の本拠地である関中を守る防衛の要地であった。切り立った断崖の下を通る街道の姿が函(はこ)の形をしているために、このような名前が付けられていた。守る側がひとたびこの関を塞いでしまえば、東からの敵はもはや侵入することが不可能となる。秦の強さは、この天然の要害に守られていることがまずもって第一の要因であった。守るに易く攻めるに難い地形の利に加えて、関中盆地と南の巴蜀が提供する沃野千里の美田があれば、秦が天下を保有することはおのずから最も有利であった。
函谷関の西から咸陽に向うまでの道のりの途上には、地獄の世界が拡がっていた。始皇帝が入るための驪山陵は、すでに街道の脇にその威容を見せていた。土を大量に盛り上げた人造の山は、誰の目にも明らかに目立っていた。周囲には二重の堀が巡られ、陵の脇にはびっしりと附属の廟舎たちの華麗な伽藍がひしめいていた。その上、地下にまで金木彩陶によって豪勢な宮殿が作り込まれて、皇帝の死後を楽しませる世界が展開されているという。地下宮殿の工事はいまだ進行中であったが、それ以外の施設はほぼ予定されていた計画を完了しつつあった。だがそのために途上で死んだ刑徒たちの数は、戦慄すべき多さに上っていた。たった一人の皇帝のための陵墓の側には、無数の徒刑者たちの遺体が家畜同然に遺棄されていた。そのくせ、陵の主である始皇帝は、死を忌み嫌って永遠に生き続けようとしていたのである。
驪山陵から西に向えば、驚異の都の咸陽である。
すでに始皇帝の代において従来の都は大幅に拡張されていたが、今はさらに渭水の南に新都心の阿房宮が建設中であった。宮殿は東西の長さ五百歩(約六百七十五メートル)、南北の長さ五十丈(約百十二メートル)、殿上には一万人を座らせることができた。この途方もない宮殿の周囲に、さらに無数の殿舎が計画された。それは、絶対権力が想像できる建築の極限を更に上回ろうとした、想像を越えた計画であった。驪山陵にいた数十万の刑徒は、今度は続々と阿房宮の建設に振り向けられていった。こちらの工事は、これから一体いつまで続くのかすら定かでなかった。驚異の都の咸陽は、人の血を吸って作られた都であった。
その咸陽の中に、使者は入って来た。彼の本来の任務は、別段どうというものではなかった。せいぜい、各郡からの通例の連絡事務ていどのことであった。
だが、使者は奇妙な宝物を携えて、朝廷に提出した。
「― これは?」
使者から宝物を受け取った官吏は、不思議がった。
一枚の、大きな璧であった。
白色と緑色が混じり合って、不思議な色合いをしている。文様の彫り込みは、最上級の玉匠の手に成るものに違いなかった。
「これは、ただの璧ではない。どこで、手に入れたのか?」
官吏は、使者に聞いた。
使者は、もつれる舌で、恐る恐る答えた。
「そ、それは、、、し、し、臣が華陰を通る際に、渡されたものです。」
使者は、函谷関を通った後、その西の華陰でとある者からこの壁を受け渡されたのであった。
官吏は、問うた。
「― 誰が、お前にこの壁を渡したのだ。」
使者は、答えた。
「わ、、、わかりません。」
「なぜ、わからぬのだ。」
「ひ、、、日が暮れた後だったので、よく見えませんでした。それで臣が名前を聞こうと思いましたら、途端に逃げ去ってしまいました。こ、、、これは、これは、本当のことでございます!」
使者の狼狽は、只事ではなかった。官吏は、さらに何かがあったと推測した。
官吏は、使者に問うた。
「お前は、その者から何か聞いたのではなかったのか?正直に、答えよ。」
しかし、使者は答えようとしなかった。
「何も、、、何も、聞いておりません!」
その顔には、明らかな恐怖が浮かんでいた。
官吏は、問い詰めた。
「もし、お前が聞いていたのに言上しなかったならば、それは罪に問われることになるぞ。お前以外にもその場に居合わせた者がいることを、忘れるでない。使者が虚偽の報告をしたときには、極刑となることを覚悟せよ。」
使者は、追い詰められた。
ついに、正直に言上するより他はなくなった。
後で分かったことであるが、使者が渡された壁は、今から八年前に始皇帝が楚に巡幸したときに、江水(長江)に沈めて江神を祀ったときの壁であった。その水中に沈んだはずの壁が、なぜか返されて来たのであった。
璧を渡した主は、この壁を滈池君(こうちくん)に奉納するように、求めていた。滈池君とは、咸陽の水神である。
璧を渡した主は、使者にまたこう言った。
― 今年、祖龍は死ぬ。
江神からの、託宣であった。祖龍とは、始祖となる天下の支配者のこと。すなわち、始めて皇帝と名乗った男のことであった。

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各章アーカイブ

           
第一章 兵法の章


           
第二章 伏龍の章


           
第三章 宦官の章


           
第四章 動乱の章


           
第五章 楚滅秦の章


           
第六章 死生の章


           
第七章 楚漢の章


           
第八章 背水の章


           
第九章 国士無双の章


                      
第十章 垓下の章



終章~太平の章