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二 芸人、雲に乗る(1)

(カテゴリ:104動乱の章

陳勝、陽城の人、字は渉と、『史記』陳勝世家にはある。

彼は結果的にとてつもない功績を残したので、司馬遷は『史記』で帝王の輔佐を為した者たちに与えられる特別な列伝である「世家」の一章を与えた。戦国六国や、孔子とも比較すべき中国史の最重要人物の一人として、である。
この男には、若い頃のこんな有名な逸話が伝わっている。
若い頃の陳勝は、雇農(このう)として仕事をしていた。雇農とは、土地を持たず人に賃金で雇われて耕す農村プロレタリアートである。要は、社会の最底辺の階層である。あるとき、仕事を中断して壟(おか)の上に登り、しばらくの間嘆息して言った。
「― もし富貴の身となっても、互いに忘れないようにしよう。」
彼の雇い主が、この言葉を聞いて笑った。
「雇農の貴様が、富貴になるだとぉ?お前でも暑さでおかしくなる頭があったのか、わはははは!」
笑う雇い主に対して、陳勝はこの名文句を吐いたという。

― 嗟(ああ)、燕雀、いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや!

こんな見事な逸話が残されているから、陳勝は昔からよほどに他人より秀でたところがあったというわけだ。少なくとも、歴史家はそのように総括した。彼ほどの巨大な功績を残した人物であるから、もとから並みの男であったはずがない。以上の逸話もまた、有名人の若かりし頃を飾る武勇伝として、『史記』に記載された。
だが、彼の人物としての器量がどれほどのものであったのかということは、彼が実際に成し遂げた功績とは、あまり関係がない。いや、語弊があるので言い直せば、彼の始めた事業は、彼じしんが最初に取った行動の内容を大きく越えた地点にまで、速やかに膨らんでいった。わずかの期間に、拡大して巨大な渦となったのである。つまり、後から考えれば、それは誰かがこの時期に始めるべきことなのであった。陳勝は、天下で最初に始める栄誉を得た。彼の巨大な成功は、全く最初に行なったという一点に対する、褒賞なのであった。
彼が始めた時期は、二世皇帝の元年七月。
そして始めた事業は、秦帝国への反乱。そして、次には秦帝国の転覆。

二世皇帝が即位した後も、各地の郷里への徴発は相変わらず続けられた。
即位した年の春には早くも巡幸が行なわれたし、阿房宮などの建設も続行されることが決定した。辺境への兵役もまた、従来と同様であった。匈奴らの遊牧民から中国を防衛するために、郷里から多数の戍卒(じゅそつ。国境守備兵)が徴発されて北辺の防衛に回された。郷里から北辺までの距離の大小は、帝国として問題とされなかった。そういうわけで、はるか南の旧楚地方からも、今回北辺への徴発が割り当てられることとなった。
陳勝は、当時彼が居住していたどこかの城市か邑の者を引き連れて、北の漁陽に向かった。彼は、屯長に任命されていた。泗水の亭長として徴発の者を引き連れた劉邦と、同じような役目である。この当時の地位も、逃亡直前の劉邦と大して変わらなかったであろう。
中途で、陽夏の出身の呉広という者と合流した。彼もまた屯長として、郷里の徴発の者を引き連れていた。陳勝と呉広の隊の総勢を合わせて、九百人であった。
時は、七月であった。ちょうど先年のこの頃、始皇帝は沙丘で崩御した。この年の七月には、豪雨があった。陳勝たちの隊はこのとき大沢郷という土地にいたが、雨で何日も進むことができなかった。
大沢郷から目的地の漁陽までは、遠い。陳勝が日数を数えてみると、期限どおりに辿り付けるかどうか、かなりきわどい時期に差し当ってきた。陳勝は、内心あせって来た。
兵役での徴発の場合、街道の整備などの労役とは違って、規則違反には軍規が課せられるように規定されていたようだ。軍規では命を守れなかった長は、斬罪である。すなわち、このままでは陳勝と呉広は、斬られることとなるかもしれない。
陳勝は、夏なのに冷や汗がして、駐屯している宿舎から外を見た。季節外れの長雨は、いっこうに止む気配が見えなかった。
こんな場合、少し気の利いた者であるならば、郷里の人脈を用いて末端の官吏に取り入ることを思い立ったであろう。雨は、不可抗力である。郡県に対して上手に申し立てできるように口利きを依頼して、何とか斬罪を免れる手立てを講じたに違いない。しかし、陳勝は身分に似合わず気位の高い男であったが、他人と交遊することは全然不得意な性格であった。彼には、頼りになる人脈など何もなかった。それに、彼は空想的なほら話ではやたらと弁が立つくせに、真面目に自分の置かれた状況を官吏に申し開きするという簡単なことが、全くできなかった。陳勝が年を取っても郷里の戍卒を率いる程度の卑小な地位のままであったのは、彼の実際的な世界と向き合うことへの不得意な性格のゆえであった。
秦帝国の官吏たちは、陳勝ごとき卑小な存在に対して、何もせずに温かい目を向けてくれるほど暇ではない。こちらから何も働きかけなければ、そのまま軍規どおりに処断されるばかりであった。陳勝は、帝国の組織の非情を呪った。だが呪っている間にも、時間はますます経っていった。
雨は、日が経つにつれて小降りになってきた。ひょとしたら、今から急げば期限に間に合ったかもしれない。しかしながら、陳勝はもはや動こうともしなかった。日がな、宿舎で寝そべるばかりであった。
彼と同役の呉広が、心配して陳勝のもとにやって来た。呉広は、どういうわけか道すがらで合流したこの陳勝を慕っていた。呉広は、言った。
「渉兄、このままでは遅れてしまいますよ、、、よいのですか?」
陳勝は、鼻毛など抜きながら呉広に答えた。
「― あるいは、そうかもしれんな、、、」
呉広は、篤実で人を愛する人柄であった。そのような人間であるからこそ、どこか異能の風があって世間離れしている陳勝のことを、放っておけなかった。呉広は、陳勝に言った。
「― 何か、考えているんでしょう?言ってくださいよ。」
呉広は、陳勝が逃げることを考えているのだろうと、思っていた。今の時代、秦の役務を投げ出して逃亡することは、一種の流行であった。呉広は、もし彼が逃亡するのならば、自分もまた付いていかなければならない、と思っていた。
しかし、陳勝はやおら起き上がって、呉広に言った。
「俺が考えているのは、このことだ―」
彼は、呉広に耳打ちした。
「どう思う?」
陳勝は、呉広に聞いた。
呉広は、目を丸くして陳勝を見た。
陳勝は、平然としてにやにや笑っていた。
呉広は、このとき彼が本気であることを、すぐに覚った。陳勝は、ただならぬ空想のできる、男であった。

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第一章 兵法の章


           
第二章 伏龍の章


           
第三章 宦官の章


           
第四章 動乱の章


           
第五章 楚滅秦の章


           
第六章 死生の章


           
第七章 楚漢の章


           
第八章 背水の章


           
第九章 国士無双の章


                      
第十章 垓下の章



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