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五 天下を転がす男(2)

(カテゴリ:104動乱の章

戦国時代には、縦横家と呼ばれる専門家たちがいた。

中国各地に割拠して激しく対立する諸国を経巡り、諸国の君主に説いて外交策をまとめることを生業とした者たちであった。
蘇秦と、張儀が最も有名である。彼らは、戦国時代の半ばごろに相次いで現れた。
蘇秦は、秦以外の六国を回って合従策をまとめ、一致して秦に対抗させることに成功した。結果として、六国の宰相の印綬を受ける栄誉を得た。
張儀は、逆に秦のために六国の合従を破り、各国が秦に服属して和平を購う連衡策を成功させた。張儀は、秦の宰相に長らく任じられた。
縦横家たちの基本的な原理は、簡単なものであった。
この世界は、力と力の拮抗関係である。
弱いものを束ねれは、強いものと対抗できる。弱者が強者に対抗できる魅力があるから、君主は合従策に飛び付く。
また弱いものは、強いものに食われるかもしれないという恐怖がある。だから強いものが弱いものを庇護して別の敵から守ってやれば、弱いものはたちまちに靡く。こうして、君主は連衡策に飛び付く。
縦横家は、諸国の勢力地図をじっと睨んで、それを繋げたり切り離したりして力関係のバランスを操作することに熱中した。その策を実現するために、彼らは弁舌の術を磨いた。縦横家は、各国の君主を説き伏せることだけによって、具体的な政治の結果を出してしまう技術者たちであった。
現実を操作する技術者としては、兵法家もまたそうであった。縦横家の外交も孫子の兵法も、戦国の激しい争いの現実から編み出された技術である点が共通していた。しかし兵法家が動かす対象は兵卒であり、そのために必要なのは適切な軍法と合理的な用兵術であった。いっぽう縦横家が動かす対象は君主であって、必要なのは君主の食指を動かすためのおだてと、それから力を背景にした脅しであった。
范陽の県令の前に現れた蒯通は、遅れて来た縦横家であった。彼は、蘇秦や張儀、蘇代、公孫衍といった歴代の縦横家たちの行跡をよく研究して、同輩たちの間でもその知識は並ぶものがなかった。だが、彼が活躍する機会は、これまで与えられなかった。始皇帝が六国を滅ぼし、外交というものを消滅させてしまったからであった。始皇帝の治世の下で、縦横家たちはことごとく失業してしまった。かつての同輩は、散り散りばらばらになってしまった。蒯通は、始皇帝の時代に何をしていたのか、よくわからない。彼の頭の中には、弁舌だけが渦巻いていた。弁舌以外のことを、何も考えない男であった。その彼が、陳勝の蜂起と時を同じくして、郷里の范陽に再び現れたのであった。
范陽の県令は、蒯通に聞いた。
「蒯通とやら、、、お前は余のために働いて、いったい何を望んでいるのか?」
蒯通は、答えた。
「なにを?、、、なにも。それがしは、縦横家。繋がるべからざるものを繋げ、勝つべからざるものを勝たせ、生き残るべからざるものを生き残らせる。それが、縦横家。この時代を、楽しむだけだ。」

蒯通は、范陽の県令の使者として、楚の遠征軍の陣営に赴いた。
彼は、将軍の武信君に謁見して、言った。
「将軍は、戦ってから土地を略取し、攻めてから城邑を降そうとしておられます。しかし愚考しますに、これは過ちというものです。それがしの計略をお聞きになられれば、将軍は攻めずして城邑を降し、戦わずして土地を略取し、檄文を伝えるだけで千里の平定が成りましょう。どう思われますか?」
武信君は、その理由を聞いた。
「范陽の県令は、卑怯にも死を恐れて富貴に目がくらみ、天下に先んじて降伏したいと思っているのが、実のところなのです。それがなぜ降伏しないのかと申せば、将軍が県令を秦の官吏として誅殺するであろうことを、恐れているからなのです。いま范陽の少年どもは、県令を殺そうと望んでいます。しかし県令が殺されれば、彼らはやはり力攻めする楚軍と必死に戦おうとするでしょう。ゆえに、力攻めは過ちなのです。」
「む、、、」
武信君は、うなずいた。
蒯通は、続けた。
「そこで、将軍は侯の印をそれがしに与えて、県令に持っていかせるのです。県令をあらためて范陽の候として任命すれば、たちどころに県令は将軍に降伏するでしょう。そうすれば、少年どもは機先を制されて県令を殺すこともできず、もはや城市を守ろうとはしません。そうして県令を許しておいて、彼を豪華な馬車に乗せて、趙と燕の他の土地に派遣するのです。そうすれば、いま楚軍に対して必死に防戦しようと身構えている他の城市や邑の者どもは、真っ先に降伏した県令を見て、遠征軍に殺意がないことを悟り歓呼するでしょう。こうして、激を伝えるだけで、千里の平定が成るのです、、、さあ、どうでしょうか?」
「― なるほど。名案だ。」
横に控えていた、張耳が言った。それは、遠征軍にとっても展望を開く、願ってもない提案であった。彼の隣の陳餘は、眉をひそめて何も言わなかった。このような策は、彼の弁舌の作り出せる類のものではなかった。
結局遠征軍は、蒯通の策を喜んで受け入れた。
早速候の印が作られて、県令に渡された。県令は、直ちに降伏した。彼は遠征軍のために進んで各地を巡回し、その結果三十以上の城邑が戦わずして降った。
実に、障碍となっていたのは、相互の不信であった。蒯通は、不信を取り除く策を出すことによって、遠征軍が趙を支配することを許したのであった。
遠征軍は、ついに旧趙の国都の邯鄲に入ることができた。
蒯通は、そのまま遠征軍の陣営に留まっていた。
彼は、邯鄲の都の一室で、一人つぶやいた。
「さて、、、秦はいつになったら、巻き返すであろうか?」
伝わってきた情報によると、陳勝の軍は周文という者を将として、ついに函谷関にまで攻め上がろうとしているということであった。この情報が正しければ、旧六国の領域はすべて反乱軍の蹂躙するところとなったということになる。まだ陳勝が蜂起してから、ものの二月ほどしか経っていない。
蒯通は、一人で言った。
「― ここまで反乱の火が広がったら、戦いは簡単には終わるまい。いったん戦いが終わったとしても、その後でまた離合集散が始まるだろう。それが、人間の権力というものだ。」
彼は、ひとごとのように天下の情勢を計算した。
「― 六国は、いったん亡んだ。この後いろいろな勢力が出てきたとしても、おそらく以前のように安定した諸国が並び立つようなことは、起らないであろう。剥き出しの、食い合いとなるに違いない。しかしこの私の為すことは、変わらない。この弁舌によって、力ある者どもを動かす。時には勝つべからざるものを、勝たせることができる。生き残るべからざるものすら、生き残らせるだろう、、、それが、縦横家だ。」
蒯通は、動乱の時代がやって来たことを、天からの配剤として喜んだ。

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各章アーカイブ

           
第一章 兵法の章


           
第二章 伏龍の章


           
第三章 宦官の章


           
第四章 動乱の章


           
第五章 楚滅秦の章


           
第六章 死生の章


           
第七章 楚漢の章


           
第八章 背水の章


           
第九章 国士無双の章


                      
第十章 垓下の章



終章~太平の章