泗水の流れに沿った茫漠たる平原に位置する沛県は、主に麦作りの土地であった。しかし土地はあまり豊かであるとはいえず、住民は他に雑穀を作ったり蚕を飼ったりして、様々な仕事をして生計を立てていた。季節は陰暦の九月、今や夏が終わって秋たけなわであった。普段の年ならば刈り取った粟で酒を醸して、社で秋の祭りを行なうべき頃であった。しかし今年の沛県は、どこの郷里もひっそりと鳴りを静めていた。全ての城市も邑も、これからの時勢の推移を見守っていた。
沛の城市から西に向けて、街道が続く。豊邑に続く道であった。かつて劉邦と呂雉の婚礼の際に、一行が浮かれ騒いで進んで行った道であった。
ぱらぱらと、数人の姿が街道に現れた。
さらに、横の森からまた数人が現れた。
集団の人数は、次第に増していった。あまり規律の取れた集団のようには、見えなかった。五十人を、越えた。その先頭に、浅黒い肌の巨体が見えた。樊噲であった。彼一人がいれば、後ろの集団よりもよほどに戦力になった。
最終的に、百人近くの数となった。それらが、沛の城門に向けて進み始めたのが、城内からも見て取れた。
「劉邦の一党が、現れました。現在城内に向けて、進撃しています。」
県の兵が、県令に対して報告した。
県令は、気難しい顔をして座っていた。曹参たちに強要されて劉邦を呼び寄せることを渋々認めてから、今まで周囲に対して一言も言葉を発しなかった。
その県令が、初めて口を開いて兵に聞いた。
「― 奴らは、何人だ?」
兵は、答えた。
「百、、、いや、八、九十人ぐらいでしょうか?、、、見たところ。」
「八、九十、、、それだけか。」
県令は、うつむいて顔を膝に埋めた。
それから、やにわに顔を上げて、言った。
「城門を、閉じよ!奴らを、城内に入れるな!、、、近付いてきたら、全員射殺してくれるわっ、、、謀反人めが!」
県令は、指令した。
彼は、怒りに燃えて立ち上がった。
そして、続けて指示した。
「蕭何と曹参の二名、直ちに捕えよ!あれも、謀反人の一味である!、、、秦の県庁は、賊の手に渡すこと相成らぬ!」
県令は、官邸から駆け出して行った。これまで、県令として絶大な権力を持っていた彼の記憶が、このとき発作的に揺れ戻って爆発したかのようであった。
県令の発した命令は、兵卒や官吏たちに整然と行き渡るには程遠かった。
たちまちのうちに、県庁には混乱が巻き起こった。
曹参は、県令が変心したことを知って、舌打ちをした。
「この場に及んで、、、、殺した方が、良かったか。」
曹参は、机をどん!と叩いた。
蕭何は、最近の曹参の盛んな血気を見て、むかし沛の塾にいた頃のことを思い出した。長らく官吏として大人びた振る舞いが板に付いていたが、彼の性分はもともと武人向きであった。かつては、周勃や夏候嬰などと共に、弓矢の技を競った彼であった。曹参は、根っからの刀筆の人である蕭何とは、やはり別の資質を秘めた人物であった。
だが今は、そのような感慨にひたっている場合ではなかった。
蕭何は、曹参に言った。
「逃げよう。早く!」
曹参は、直ちに承諾した。
二人は、一挙に県庁から城門に向けて、駆け出した。
その晩、蕭何と曹参は城外の森の中で、劉邦率いる一団と合流していた。
一団には、樊噲だけではなくて周勃も灌嬰もいた。皆、沛県に乗り込む際に勇躍集まってきたのであった。
だが、蕭何は言った。
「肝心の一人が、いないではないか?、、、どこに、行ったのだ?」
周勃は、苦笑いをして答えた。
「いやまあ、、、その。城市の接収なんぞは、俺らに任せるとばかりに、、、」
曹参は、怒った。
「とんでもない、事態が起こっているんだぞ!それなのに将がいないようでは、困るではないか!、、、すぐに、呼んで来い!」
だが、蕭何は言った。
「そのような暇は、ない。狂った県令は、城市の中で何をしでかすか分からん。幸いに、中には夏候嬰が残っている。彼を動かして、さっさと県令を取り除いてしまおう。」
彼の言うことを容れて、一同は作戦を開始した。
樊噲が、城門の近くまで忍び寄って、大音声で叫んだ。
「― 県吏の夏候嬰に、これを渡すべし!」
熊の咆哮のような声は、夜の城内にまでしかと響いた。
それから彼の横にいた周勃が、城内に向けて矢を鋳込んだ。
矢には、帛(きぬ)で文を結んでおいた。
夏候嬰が文を城門の兵から受け取ると、このように書かれていた。
沛の父老に、謂う。
天下は、秦に苦しめられて、久しきかな。
今、父老は沛の令のために守るといえども、諸侯は并(なら)び起きる。今、沛を屠(ほふ)らんとす。沛が今、共に令を誅して、子弟の立つべき者を擇(えら)びてこれを立て、以って諸侯に応ずれば、すなわち家室は完(まった)からん。然(しか)らずんば、父子は倶(とも)に屠られ、為することなし。
夏候嬰は、文を読んで言った。
「よし!、、、早速。」
深夜のうちに、父老たちが夏候嬰のもとに集められた。
夏候嬰は、父老たちに文を見せて、劉邦のために決起を促した。
翌朝。
日が昇ると共に、城門は、開かれた。



