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十二 七十にして立つ(2)

(カテゴリ:104動乱の章

項梁は、范増を招き寄せてしばし会談した。

彼の語る言葉には、へつらいの賛辞や学者っぽい迂遠さがなかった。項梁は、すみやかに老人との会話に打ち興じていった。
何よりも、老人からは栄誉を掴んでやろうといった類の野心が、感じられなかった。国の将来を思う彼の純粋な心性が、項梁には心地良かった。
(これは、人物かもしれんな。)
項梁は、范増を評価した。
「叟よ。寡人(それがし)は今、楚王を僭称する景駒を討って楚を統一する戦を始めようとしております。もしよろしければ、このまま留まって戦のご見学などなされるがよろしかろう。」
項梁の言葉に、范増は返した。
「景駒との戦など、上柱国の勝利はすでに見えております。それよりも、この老骨は秦との大戦のために、この身を削って働きたいと考えているのです。」
「叟のお言葉、寡人はまことに有り難く頂きます。」
項梁は、范増に拝礼した。
范増もまた、拝礼した。彼は、項梁の元に来たのは正しかったと確信した。
范増は、項梁に言った。
「問題は、楚を統一した後のことです。誰を、大楚国の長として立てるべきであるか―」
項梁は、彼の問いに答えた。
「すでに、張楚の陳王がおられます。寡人は張楚の上柱国として、景駒を討とうとしているのです。楚の体制は、すでに定まっております。」
しかし、范増は言った。
「だが張楚など、もう存在しません。陳王は、すでにこの世を去りました。」
「いや、まだ陳王は一時隠れているだけだ。」
「冗談を、申されますな。陳王は、もう死んでおります。」
范増は、項梁の言葉を受け取らなかった。
項梁は、少し困った顔をした。
陳勝がすでに敗死したということは、各地からの情報でほぼ間違いがないと、彼も分析していた。しかし今兵を北に進めるに当って、彼は陳王配下の上柱国という名目で、兵を率いていた。楚の諸勢力を組み敷くためには、陳王の名目を用いることが都合良かったからであった。そのため、いまだに楚軍においては陳王が生かされていた。項梁は彼がすでに死んでいるのを知っていたが、軍略のために死んでいるとは言わなかったのであった。
范増は、項梁に言った。
「今は取り繕っておられますが、そのうち陳王の死は天下の知るところとなるでしょう。そうなれば、上柱国も何も、あったものではございませんぞ。」
項梁は、観念した。彼は、范増に言った。
「― まさに、叟のおっしゃるとおりです。楚を統一した後の体制をどうするかは、寡人の頭の痛いところなのです。」
范増は、策を出し始めた。
「たとえ三戸と雖(いえど)も、秦を滅ぼすものは、必ず楚ならん、、、この言葉を、上柱国もご存知のことでしょう。」
「もちろん。楚人ならば、五歳の幼童でも知っている歌だ。」
「かつて楚の懐王は秦の張儀にたぶらかされて屈辱を受け、挑発にうかうかと乗って大敗しました。その後王はまたも秦の偽りの婚姻の申し出に騙されて、秦に赴いたところを捕えられました。懐王は領地を譲れという秦の脅迫に屈せず、秦の地で死んだのです。楚の国人は上下揃って、この秦の悪逆を呪って懐王を憐れみました。秦を滅ぼすものは必ず楚ならん、という言葉には、楚の民の積年の憤りが込められているのです。」
「ふむ。」
「だから、楚はこの憤りを武器として、秦に対して当らなければなりません。屯長上がりの陳勝を押し上げたのは、この力なのです。なのに、陳勝は一郡を手に入れるや否や、王を名乗りました。それで、各地に我も我もと類似の者が旗上げするようになり、『夥渉』の有り様となったのです。彼の勢いが長続きしなかったのは、当然の結果です。楚は、帰すべきところに帰させなければなりません。」
范増は、かつての権威を呼び戻すことを、献策したのであった。楚王の末裔を再び王位に就け、戦国時代の秦楚の遺恨決戦をもう一度繰り返すこと。これこそが、楚人を奮い立たせる大義名分であると、彼は言うのであった。
「上柱国は、あの項燕将軍の遺児であらせられる。項氏は、代々楚の将軍を出す家でありました。項氏の末裔である上柱国が、楚王を守って再び秦に決戦を挑む。これ以上に、楚人を泣いて喜ばせる話がありましょうか?大楚国の民を盛り上げるのは、この一手に尽きます。」
「うーむ、、、」
言われてみれば、確かに悪い図式ではないように思われた。項梁は、項燕将軍の本当の遺児であった。陳勝の盟友の呉広が項燕を詐称したのとは、わけが違う。彼の背負っている名前の価値は楚人にとって大きいはずであったが、かと言って項氏はあくまでも武人の家柄であった。王族とは、違う。今や、天下の各地で様々な素性の者が王を名乗っている時代である。本物を、連れ出して来るのに如くはない。
「楚の王家である熊氏の末裔を、王位にお付けなさいませ。その下で、上柱国が号令するのです。」
范増の進言を、項梁は容れた。
「― その通りに、いたしましょう。」

こうして、范増は項梁の陣営に留まることとなった。
項梁は、甥の項羽を范増に紹介した。
「これが、愚甥の籍です。膂力はあるのですが、いかんせんまだ若い。叟の春秋を重ねたお知恵を持って、どうか彼のことも補佐してやってください。」
項羽は、范増に拝礼した。
「― 項籍で、ございます。以降、若輩の至らぬ点をよろしくご指導くださいませ。」
高い家柄に生まれた彼は、礼儀正しかった。
范増は、にこにことして若者に答えた。
「上柱国は、見事な甥御をお持ちであられる!」
范増は、項羽のただものでない姿に感嘆した。
項梁は、項羽に言った。
「これより、下邳に入って陣を張ることとする。決戦は、近い。準備を、怠るなよ。」
項羽は、項梁に言った。
「叔父上、彭城に早く進撃いたしましょうぞ。」
項梁は、甥に言った。
「敵が、前面に大兵を置いている。細心の注意が必要だ。拙速の用兵は、禁じなければならぬ。」
甥は、返した。
「― それがしに、精鋭百騎と共に突撃させてください。万の兵がいようが、全員殺してみせましょうぞ。」
項羽は、真剣な目で叔父を見た。半ば、微笑んでいるかのようであった。范増は、そのとき別の意味でのただものでない器を、この青年に感じた。

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各章アーカイブ

           
第一章 兵法の章


           
第二章 伏龍の章


           
第三章 宦官の章


           
第四章 動乱の章


           
第五章 楚滅秦の章


           
第六章 死生の章


           
第七章 楚漢の章


           
第八章 背水の章


           
第九章 国士無双の章


                      
第十章 垓下の章



終章~太平の章