「なにっ!、、、豊が、魏軍に取られた?」
沛公は、蕭何の急な報告を聞いて、血相を変えた。
「雍歯は、、、奴は、何をしていたんだ!」
「― 降伏の誘いを受けて、寝返ったもようです。」
「寝返り?、、、寝返りだとお!」
沛公は、怒りを顕わにした。
「お前の家の者も、いたのであろうが!、、、一体何を、していたのだ!」
蕭何は、言った。
「人というものは、恐怖の下に置かれると判断を誤るものです、、、面目ない。」
「豊が取られたら、もう沛の間近じゃないかっ!、、、謝って済む、話ではないわ!」
すぐさま、兵が豊に向けて進められた。
だが、すでに豊の邑には魏軍が入り込んでいた。
邑の住民は、戦争の現実をよく理解できていなかった。目先の身の安全を守れば、やがて何とかなると思っていた。だが開城の知らせを受けるや否や、魏軍は直ちに大部隊を派遣して、邑を完全に占領した。
沛と豊との間には、魏の兵が展開していた。
「ちいっ、、、前の郡兵よりも、大軍だ。」
沛公は、敵軍の威容を見て、うなった。
こちらの軍の、士気は高い。目の前の魏兵と戦っても、負けるとは限らなかった。
だが、力攻めすれば邑はおそらく壊滅するであろう。
蕭何は、沛公に言った。
「力攻めは、邑を亡ぼすでしょう。」
沛公は、怒って言った。
「亡ぼしても、構わんわ!」
蕭何は、言下に否定した。
「― できるだけ戦わずに開城させる策を、考えるべきです。今の我らでは、魏と渡り合うだけの力がありません、、、別の勢力と、合流するべきです。ここで郷里を見捨てては、沛公の名声が傷つくだけです。」
魏軍の狙いは、この沛県じたいを丸ごと飲み込むことに、相異なかった。一県の勢力では、一国の勢力と対等に戦うことはできない。
沛公は、頭に血を昇らせて、罵った。
「おのれ、雍歯め、、、捕まえたら、八つ裂きにしてくれるわ!」
彼は歯ぎしりしたが、今は蕭何の言葉に従うより他はなかった。
沛公軍は、沛に撤退した。
ちょうどこの頃、大司馬を名乗る秦嘉が景駒を楚王に擁立して、沛の南の留(りゅう)にまで進出していた。
沛公は、景駒の傘下に入ることに決めた。
だが、魏と争う前に、もっと強い兵が近づいて来た。
章邯が指揮する、秦軍であった。
章邯は陳勝の別将司馬尼(しばい)を降し、相(しょう)の城市を屠って碭(とう)を襲った。疾風のように軍を大平原で旋回させながら、向かう先の敵を次々に葬っていった。
楚王は、斉王の田儋に使者を送って、共に秦軍に当るべきことを説いた。
しかし、田儋は言った。
「陳王は敗れたというが、生死は定かでない。なのに斉王の余に断りもなく、どうして別の楚王を立てるのであるか!」
まるで、楚が自分の臣下であるかのような、発言であった。
使者の公孫慶は、答えた。
「斉こそ、楚に断りもなく王を立てたではありませんか!どうして、楚が斉に断って王を立てる必要があるのですか。楚は、最初に兵を挙げたのです。楚が天下に号令するのは、当然ではありませんか!」
田儋は、公孫慶を煮殺してしまった。彼は、天下の状況がよく掴めていなかった。強秦の反撃が、いよいよ始まったのである。隣国と、いがみ合いをしている場合ではない。田儋は、斉を取っただけで、戦国の栄光を取り戻したと思っていい気になっていた。彼の見せたような斉人特有の中華意識は、これから後も斉と他国の関係を何かと難しくさせることとなる。
斉王に断られた楚王は、やむなく単独で秦軍に当るより他はなくなった。
楚王の配下となった沛公は、東陽の寧君(ねいくん)という者と共に、秦軍を迎え撃つために西進した。
しかし、沛公軍はここで素晴らしい実力を発揮した。
蕭の西で戦ったときには利あらずとして引いたが、再び体制を立て直して、碭に向けて進撃した。
ここで秦軍と三日間戦い、ついに碭を奪い返すことに成功した。
周勃は、常に兵を率いて先陣に立った。
曹参と樊噲は、敵に降った司馬尼の兵を斥け、多くの首級を得た。
夏候嬰は、常に沛公と共にあり、馬車を操り戦場を駆け回った。
沛公軍は碭を占領して、兵五、六千人を得た。さらに下邑から虞に至るまでの土地を攻め、曹参が章邯軍の車騎を撃った。下邑もまた降り、曹参は兵を亢父のあたりにまで進めた。
戦いが終わったとき、曹参、周勃、夏候嬰は、五大夫に昇進していた。樊噲は、国大夫となった。
この増強された兵を持って、改めて豊に陣を敷いて魏と対峙した。
「以前の我が軍とは、もう違う。この勢いを見れば、敵もそのうち降るだろうよ。」
沛公は、ようやく豊を取り戻す展望が見えたことで、安堵した。
一方、沛公軍とも接触した、章邯の率いる秦軍にも認識の変化があった。
章邯は、陳勝を倒したにも関わらず楚軍がいまだに強いことを理解した。
その手応えは、残党どころではない。楚は、まだ死んでいなかった。
章邯は、今後の戦略を変えた。
楚は、自分の指揮する部隊だけでは、まだ亡ぼすことができない。
先に楚以外の国を、引っこ抜くべきだ。
章邯は、標的を魏に絞った。
秦軍は、魏を討つために全軍の方向を転換した。
こうして、魏は絶体絶命に追い込まれようとしていた。しかし、沛公にとっては魏の窮地は目先の利益だけから言えば、都合のよいものであった。
しかしながら、豊を取り返すことは、またもや後回しとならざるを得なかった。
自らが頼る楚王の命運が、怪しくなり始めたからであった。
項梁の江東軍が、下邳にまで迫ってきた。



