沛公は、項梁に言って兵を借りることを望んだ。項梁は沛公の実力を評価していたので、兵卒五千人と五大夫の位にある将十人を与えた。
項梁は、沛公に言った。
「我が甥の籍は、いま別働隊を率いて秦に当たっている。沛公には、今後我が甥と共に一方面の軍を指揮していただきたい。」
沛公は、答えた。
「武信君の甥御は、怪力の猛将だそうですな、、、我が軍の樊噲と、力比べをさせてみたいものだ。」
こうして沛公と項梁は、接近することとなった。
沛公は、項梁から与えられた将兵をもって、いま一度豊に向かった。
今度こそ、魏は保つことができなかった。
魏兵は退却していき、雍歯は兵と共に魏に逃げた。
「雍歯めが!逃げやがったな!」
沛公は激怒したが、追撃することはしなかった。
後に雍歯は、前非を悔いてまたも沛公の下に舞い戻ってくる。そのとき沛公は、彼を誅殺などせずに迎え入れた。
それどころか、沛公が漢の皇帝となって天下を統一した際に、雍歯を諸将に先駆けて候に封建することまでした。「沙中の謀議」という面白い逸話にまつわる論功行賞の結果であったが、詳細は後のことにしたい。とにかく、沛公は政治的判断によって、雍歯への怒りを結局は飲み込んでしまった。激情のままに動くことが普通である当時の人々において、劉邦の抑制ぶりはまことに異能とさえ言えるものであった。
だが劉邦は、恨みを笑い飛ばすような能天気性の人物であったかと言えば、決してそうではない。後に雍歯を許したのも、彼の打算の結果であった。彼は、一度裏切って戻って来た人物というものは今度こそ必死に働くことを、分かっていたのである。実際、戻った後の雍歯は非常によく働いて功績を挙げたという。
沛公は、豊の住民の裏切りを後々まで忘れなかった。
彼は、豊を開城させた後、郷里に立ち寄りもせずに沛に帰っていった。
代わりに、蕭何が豊の接収のために入った。
邑の一同が、蕭何を神妙に迎えた。
全員が、憔悴し切っていた。
蕭何は、彼らを見て痛切な思いがした。
(― 戦によって、翻弄されただけの人たちだ。彼らに、何の罪があるだろうか?)
彼の妻の父が、前に出て来た。
彼は、この半年で、十歳も年老いてしまったかのような衰えぶりであった。
彼は、かすかに震える声で蕭何に尋ねた。
「怒っていなさるのか、、、沛公は、怒っていなさるのかね?」
邑の住民の、全員の懸念であった。
魏に邑を乗っ取られて以来、彼らは魏軍のなすがままであった。抵抗など、とてもする勇気が起こらなかった。それは致し方がなかったのであるが、だが致し方がないでは済まされないほどに、彼らの誤った判断は、これまで沛公や蕭何を翻弄し続けた。
しかし蕭何は、彼の手を取って答えた、
「― 沛公は、怒られたとしても郷里の者を殺すようなことは、なさいません。それより皆様、無事でよかった。」
住民たちは、すすり泣いた。
蕭何も、釣られて泣いた。
魏が退却していった本当の理由は、豊を守るどころではなくなったからであった。
章邯の秦軍が、魏の城市を次々に陥としていった。
魏王咎は追い詰められて、臨濟の城市に移った。
章邯は、臨濟を強烈に包囲した。
魏王咎は、周市を斉と楚に派遣して、速やかな救援を依頼した。
こうして戦線が目まぐるしく動いていた頃、項羽は遠征の兵役を一段落させていた。
彼は、陳から西に向かって、この方面の秦軍を挑発していた。
襄城という城市が、陥ちなかった。
秦軍は、城市の住民を動員して、防禦に徹した。城門を固く閉ざして城壁の守りを固めれば、たとえ小さな城市であっても敵兵は容易に陥とすことができない。ゆえに、兵法では城攻めは下策だと言うのである。
項羽軍の中にいた韓信は、思った。
(力攻めでは、城を陥とすには多大の犠牲が出る。だが外交による開城が期待できない場合には、敵に我が軍の力を示すのは、やむを得ない策であるか、、、)
韓信は、城壁の一角に弱所を発見した。
彼は、項羽に進言した。
「郭(くるわ)の一角に、頂点が崩れている箇所があります。あそこに兵を入れて一気に登れば、守兵は上から攻めることができません。周囲から射かけられる矢に耐えれば、短期間で城を陥とすことができるでしょう。」
項羽は、彼の進言を即座に容れた。
「よし!一挙に陥とす!」
将の項羽は、不屈の闘志の持ち主であった。
項羽は直ちに兵に命じて、城壁を一気に登らせる指令を出した。
「矢など、気にするな!何も考えずに、登れ!」
射掛けられる矢に耐えながら、兵が雲梯を駆け登っていった。
ついに、兵が城内に突入した。
襄城は、陥落した。
項羽が襄城を屠ったのは、その後のことであった。
― 城兵を、阬(あなうめ)にす。
記録は、項羽の戦の結果について、こう記録している。
項羽は、城市を守備していた男たちを全て捕えて、穴に放り込んだ。
敵に対する、当然の報いであるとでも言いたいがごとく、彼は平然と指令した。
韓信はこのとき軍吏であったが、あまりの恐怖に処刑の作業に当ることができなかった。
(狂っている、、、項羽とは、狂っているのか?)
彼は、若い美顔の将を見た。
彼は、平常のままでその美顔を湛えていた。今は戦時の興奮も醒めて、涼やかな表情に戻っていた。時折、横の者と談笑さえしていた。
(いや、、、常人を越えた男。恐るべき将だ。)
韓信は、結局上からの指令を厭ったために、項羽への進言の功もふいにしてしまった。



