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十六 龍虎集う(3)

(カテゴリ:104動乱の章

この襄城の戦の結果は、後々までも項羽の兇行の一例として、たびたび引用されることとなった。

― あの項羽の残虐は、この時から始まったのだ。
後世の者たちは、このように評価した。
しかし、戦の原理は、彼らが想像する以上に苛烈なものであった。戦の現場に立ち、しかも強大な秦国を相手にしていた項羽の判断は、全てが死んだ後に語る歴史家などの批評だけではとても評価し切れるものではない。少なくともこのときは、そうであった。
項羽軍は、襄城の戦が終わった後に、薛に引き上げた。
項梁が、戻って来た項羽を詰問した。
「なぜ、殺した?」
項梁は、甥に聞いた。
「秦に味方する者はどうなるかを、見せ付けるためです。我々は弱く、秦は強い。恐怖をもって押さなければ、人は我らに合力する決意をしません。だから、殺しました。」
項梁は、頭を振った。
「城を屠るなど、下策であるよ。我らには、大義がある。大義こそが、最大の武器だ。秦を倒すのは、義軍でなくてはならぬ― 今後、屠城などはするな。」
項羽は、声を高めた。
「叔父上は、秦を甘く見ておられる!秦は、楚より兵も文化も、上回っているのですぞ!」
項羽は、素直であった。
楚よりも、秦の方が国力のあらゆる面で上回っていることを、感じていた。
兵の強弱などでは、ない。
文化の力と、いうべきものであった。人民を統治する公正な法や、土地の資源を動員する官吏の能力について、秦の能率の良さは楚人には到底及ぶものではなかった。その上、秦もまた辺境の国であったが、彼らは中原文化と一体化することを心掛けていた。秦人の質朴な気質を保ちながら、中原の先進性を積極的に取り込むのが、秦の国風であった。いっぽう独特の文化に留まっている楚は、いまだに辺境の南蛮国でしかなかった。繊細な項羽は、そのことを感じ取っていた。
だから、何もしなければ、秦よりも楚に諸国の民がなびくことはない。
叔父のように仁義などという中原文化の借り物の言葉を使っているようでは、秦に勝つことはできない。
項羽は、それを感じていた。
しかし、それは項梁の感じるところではなかった。

この頃、魏は窮地に陥っていた。
魏王咎は、章邯の秦軍に急追されて臨濟に逃げ込んだ。宰相の周市が斉と楚を回って、救援を乞うた。
楚は、項它(こうた)という者を将として、援軍を送った。
斉は、斉王田儋が自ら出陣した。以前に楚が共に出兵して秦を討つことを提議したときには、彼は思い上がって楚を見下し、使者を煮殺してしまった。それなのに、今となって隣国が亡びかかっているときに至って、王自ら出撃するような軽挙をなしたのであった。こういった行為を見ると、彼は任侠の者どもに人気があったのかもしれないが、軽率な人物であったようだ。
敵を知らぬ田儋の軽挙の報いは、覿面に現れた。
章邯は、臨濟に向かって斉の援軍が近づいている情報を、逐一斥候の報告によって受け取っていた。
章邯は、夜になって兵と馬に枚(ばい)を含ませた。枚とは、口を塞ぐための木片である。兵馬の物音を消して、斉軍に密かに近づいた。
季節は六月、夜の明けるのは早かった。すでに斉軍の至近距離まで兵を近づけていた章邯は、闇が薄まると共に奇襲に出た。
「えっ?」
田儋がそのように目を白黒させている頃には、彼の六腑に剣が突き刺さっていた。
斉を復興した男の、あっけない最後であった。
斉軍は大敗し、彼の弟の田栄は敗軍と共に逃げていった。
宰相の周市も、戦死した。
魏王咎の命運は、極まった。
彼は、秦に対して魏の人民を助ける身代わりに自殺することを、願い出た。
秦が諒承した後、彼は焼身して自殺した。
こうして、魏と斉の王が共倒れとなった。しかし、これで両国が平定されたわけでは、決してなかった。
田儋の弟の田栄は、敗れた後に東阿(とうあ)に逃げ込んだ。
魏王を倒した章邯は、さらに田栄を追った。秦軍は、東阿を包囲した。勝ちに乗じて畳み掛ける「勢」を重く見る彼の用兵であったが、このときはいささか急に過ぎた。田栄が亡びるのを黙視することができない勢力が、まだ存在していたのであった。
項梁が、事態を憂慮して東阿を救援する兵を出すことに決めた。
彼は、沛公を呼んだ。
「これからの兵が、楚にとって正念場となるだろう。総力を挙げて、秦を討つ。私自らも兵を率い、将は沛公と司馬龍且(りゅうしょ)、それから我が甥の籍を持って当りたい。」
沛公は、言った。
「勝たねば、亡びるしかない― 今が、勝負の時ですな。博奕(ばくち)は、勝負時に力を惜しんではなりません。」
項梁は、笑って答えた。
「まあ、その通りだ。」
二人がいる陣営に、項梁の甥が入ってきた。
項梁は、沛公に言った。
「甥の、籍ですよ。これまで別働隊を率いて戦っていたのが、戻って来たところです―」
沛公は、項梁に紹介されて、若者を見た。
「ん、、、?」
彼は、若者を見て少し首をひねった。
しかし、彼が何かを思い出そうとしている時に、項羽が先に声を挙げた。
「あなたとは、、、昔、沛でお会いしたことがありました!」
項羽の表情が、ぱっと明るくなった。まことに、無邪気で美しい顔立ちであった。
沛公が、ようやく合点がいったと声を出した。
「あっ、、、そうだ、そうだ!あの時の、孩子(こぞう)か!」
「はは、その通りですよ!」
猛将に孩子(こぞう)とはひどい言い方であったが、項羽は一向に気にも留めずに明るい表情であった。

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各章アーカイブ

           
第一章 兵法の章


           
第二章 伏龍の章


           
第三章 宦官の章


           
第四章 動乱の章


           
第五章 楚滅秦の章


           
第六章 死生の章


           
第七章 楚漢の章


           
第八章 背水の章


           
第九章 国士無双の章


                      
第十章 垓下の章



終章~太平の章