How Fukuda and Ozawa might both self-destruct
揮発油税をゼロベースからの見直しに持ち込むことに成功した小沢氏であるが、彼じしんの信条は本当に改革派なのであろうか?民主党は、市場主義政党なのかそれとも社会民主主義政党なのか、さっぱりわからない鵺である。自民党もまた、農村の保護を目指しているのか小泉式の資本の論理優先主義なのか、判然としないジキル博士である。鵺とジキル博士が、二大政党として日本政治のゲームをしている。政治は、国民の集団意識を映す鏡である。全てに和を求める日本人の願望が、このような双頭の怪物を作り出してしまった。
記事は、両党が改革/保守の断層線で互いに割れて、シャッフルされる可能性について言及している。首相退任後しばらく動かなかった小泉氏が、最近発言を盛んにしている。彼は、はっきりとした資本家・大企業雇用者を擁護する路線で、わかりやすい。だが両党内でいま改革を唱える者たちは、自分が日本国民の半分を敵にする覚悟が、果たしてあるのだろうか?日本のような老大国では、全ての者がよい目を見る展望は、もう開けないのである。
土曜日午前現在、本記事に一つもコメントが付いていない。コメントの不在が逆に、部外者が日本に対して期待していることを、だいたい表している。日本はいきなり変わるには、すでに大きすぎてしかも老いすぎている。理想とするべきは、もはや織田信長でも坂本龍馬でもない。大国を漸進的に改革する、かつての大英帝国の政治家たちのような粘り強さが、求められる。