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Japan アーカイブ

2008年03月07日

The puzzle of power

Japan's local governments are unhealthily dependent on its national one

日本の農業は、アメリカやオーストラリアなどのそれとは異質なシステムである。
水利権は農民たちの間に厳しくコントロールされなければならず、起業家精神が抜け駆けて独走できる余地は限られている。所有権は戦後の農地改革によって細分され、零細(だが富裕)な自作農が農村を埋め尽くしている。このように、農村の経済システムがムラ社会を維持するようにできあがっていて、自分たちに美味しい土産を持って帰ってくれるムラの殿様を支持するように、作られている。それは個々の農民の罪ではなく、日本の農村のシステムがそうさせているのだ。
本記事は、当雑誌の日本に対するいつものオピニオンに、これまた従ったものである。日本の地方政治は、財源を中央からのバラマキにいまだに依存している。小泉政権は公共事業をカットして中央から送られる金を減らしたが、それは地方を干上がらせただけで地方を自律させていない。ゆえに、地方が中央のバラマキに大きく依存するシステムは変わらず、そのシステムで地方票を受け取っている自民党の支配も変わらない。
地方政治家の中には、農村を肥やすことにしか役立たない公共事業を中央から割り当てられることによって、都市部の発展と雇用が阻害されて自然景観が損なわれることに憤る有志もいる。地方首長が音頭を取った政党横断グループ「せんたく」は、日本のバラマキシステムの改革を望んで自民・民主両党の議員を集めている。
しかし、都市部住民の希望するシステムは、果たして日本の農村にWin-Winの結果をもたらすであろうか。都市部住民は、正直言って農村の実態など何も知らない。トマトがどうやって作られているのかなど気にも留めずにモスバをパクつく連中である。日本の農業を再生させるには、篤農家がもっと規模を大きくして農業に精を出せるシステムづくりが不可欠である。そのためには、借地農を育てなければならない。しかしムラ社会でがんじがらめに絡め取られている農村では、借地農が大きくなることは現在非常に難しい。ゆえに、日本の農村はビジネスに育たず、零細な兼業農家ばかりとなっている。アメリカの経営者的農民を、今の日本に想定することはできない。
ハマスやヒズボラといった暴力集団が衰えずに生き残っているのは、理由がある。彼らは正統政府よりも、地域住民のためによく働いて住民の支持を受けているからだ。生き残るものには、それ相応の理由がある。都市部の住民の願望ばかりに目を向けていれば、おそらく日本の農業はムラ社会解体と同時に無茶苦茶なスプロール化が起って、壊滅してしまうだろう。いったい日本国の未来は都市にかかっているのか、それとも農村にかかっているのであろうか? - これからアジア諸国に工業がキャッチアップされていく一方の日本において、地方が豊かであり続ける産業は、たぶん農業なのではないだろうか?

2008年03月20日

Silent spring

Japanese companies pay their workers little, but it may cost them a lot

Strikingly, as the cost of imports such as oil and raw materials has soared, the price of finished goods has remained stable and profit rates have not declined much. What explains this odd situation?
― 驚くべきことに、石油・原材料といった輸入品の価格は急騰しているにもかかわらず、最終製品の価格は安定したままであり、かつ利潤率はそれほど下落していない。この奇妙な状況は、どうやって説明されるのであろうか?

福田首相が、日経連に対してもっと賃上げを許容してほしいという、異例の声明を出した。しかし、今年の春闘はまたも襲来した円高のおかげで、経営側の財布は厳しい。
上の問いに対して、一橋大の深尾教授は企業が賃金を下げることによって、労働生産性を上げているためだと説明している。すなわち、アウトプット一単位に占める賃金の割合が減少すれば、それは労働一単位が生産する額が伸びたことと同一となる。現在の日本で、この労働生産性の上昇が技術進歩(これが、真に国民の生活水準を上げる)によって行なわれているのであろうか?―No。
本記事の図は、ここ十年間の日米欧の賃金上昇率の推移を示している。日本だけが、連年マイナスあるいは伸び率ゼロで推移している。正規社員を削減して派遣・パートに転換し、その上高給の団塊世代が退職しているために、賃金水準がずるずると下落しているのである。
記事は、長期的に見てこの傾向は正規社員の比率を減らすことによって企業が技術訓練への投資を怠るようになり、日本経済に悪影響を及ぼすであろうと警告している。去年から今年にかけて、大企業は団塊世代の穴埋めのために新規大量採用を再開している。小泉時代に流行った成果主義賃金は、その弊害が指摘されて流行遅れになろうとしている。日本経済の強みは、昔から変わらず均質な民族をじっくりと育てる稲作的人材育成にあるに違いないのだ。イチローのような華麗な渡り職人が日本人の理想であるような時代は、2000年代の終わりと共に去ろうとしている。

2008年03月22日

Kamikaze politics

How Fukuda and Ozawa might both self-destruct

揮発油税をゼロベースからの見直しに持ち込むことに成功した小沢氏であるが、彼じしんの信条は本当に改革派なのであろうか?民主党は、市場主義政党なのかそれとも社会民主主義政党なのか、さっぱりわからない鵺である。自民党もまた、農村の保護を目指しているのか小泉式の資本の論理優先主義なのか、判然としないジキル博士である。鵺とジキル博士が、二大政党として日本政治のゲームをしている。政治は、国民の集団意識を映す鏡である。全てに和を求める日本人の願望が、このような双頭の怪物を作り出してしまった。
記事は、両党が改革/保守の断層線で互いに割れて、シャッフルされる可能性について言及している。首相退任後しばらく動かなかった小泉氏が、最近発言を盛んにしている。彼は、はっきりとした資本家・大企業雇用者を擁護する路線で、わかりやすい。だが両党内でいま改革を唱える者たちは、自分が日本国民の半分を敵にする覚悟が、果たしてあるのだろうか?日本のような老大国では、全ての者がよい目を見る展望は、もう開けないのである。
土曜日午前現在、本記事に一つもコメントが付いていない。コメントの不在が逆に、部外者が日本に対して期待していることを、だいたい表している。日本はいきなり変わるには、すでに大きすぎてしかも老いすぎている。理想とするべきは、もはや織田信長でも坂本龍馬でもない。大国を漸進的に改革する、かつての大英帝国の政治家たちのような粘り強さが、求められる。

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