
第三インターナショナル記念塔!これはタトリン(В.Е.Татлин,1885 - 1953)が1920年の第八回ソヴィエト大会で高さ5mの木造模型を展示したものだ(上の絵は設計図)。構想では、本物は鉄とガラスを使ってモスクワに建てられる予定であった。その高さ400m!しかも三階建て(つまり各階の高さはゆうに100mはあるに違いない!)の各階はそれぞれ一日・一月・一年に一回づつ回転するように設(しつら)えられる予定だったという。つまりこのどでかい建物が、太陽と月と地球の運動を地上に刻み付ける宇宙的モニュメントの意味合いを持っていたのであった。
二十世紀初頭、前世紀末のぐにゃぐにゃしたアールヌーボー芸術の性根を叩き直すかのようにイタリアで表れたのが、未来派芸術 futurismo であった。サンテリア(A. Sant'Elia,1888 - 1916)の遺した未来都市のデザインには、現代のニューヨーク、香港、新宿で見られる都市建築の全てが早くも完全に先取りされている。イタリアやロシアの未来派建築イメージにル・コルビジェ(Le Corbusier,1887 - 1965)やヒルベルザイマー(L. K. Hilberseimer,1885 - 1967)などの都市計画を足し合わせれば、二十世紀の想像力はそこで終わってしまう。何一つ踏み出していない。踏み出さないまま二十世紀は終わった。インターネット時代となって情報の集積地としての都市の意義は低下し、もはやこれ以上革新的な都市のデザインはもはや未来永劫現れないかもしれない。
 チェルニコフ(Я.Г.Черников)『建築ファンタジー』より |
 ヴェスニン兄弟(А.Веснин & В.Веснин)モスクワ重工業省コンペ案 |
ロシア革命で旧来の芸術家たちが混乱したり亡命したりした中で、芸術運動の最前線に踊り出たのがロシア未来派の者どもだった。彼らは革命を想像力の革命とみなした。1918年11月7日の革命一周年記念日、首都ペトログラードでは詩人マヤコフスキー台本の祝祭劇『ミステリヤ・ブッフ』 "Мистерия Буфф"が上演された。演出はメイエルホリドВ.Э.Мейерхольд(1874 - 1940)、美術担当はマレーヴィッチ К.С.Малевич(1878 - 1935)。両者もまた演劇と美術の革命者である。マヤコフスキーが台本を書き上げたのは同年9月で、上演者の俳優は10月13日に集まったというから、恐ろしいスピード仕上げだ。
門が開き、町が現れる。それにしても何という町だろう!左右に大きく開いた巨大で透明な工場やアパート群が、天をめざしてそびえ立ち、虹に包まれた汽車や電車や自動車が静かに停車している。(亀山郁夫訳)
劇の最後にたどり着く、約束の地のイメージだ。そびえたつ建築、無限に続く鉄道、道路。上の第三インターナショナル記念塔もまた、らせんを描きながら無限の天空に向けて上昇していく。無限に伸びる直線的運動のイメージが革命芸術家たちにはあった。直線の時代。無限の時代。明日の時代。


上は、マヤコフスキー自らが描いた、『ミステリヤ・ブッフ』の登場人物のスケッチである。上が「七組の清潔な人々」であり、下が「七組の不潔な人々」である。見てのとおり、「清潔な人々」すなわちブルジョワジーどもは円形で表現されている。一方「不潔な人々」すなわちプロレタリアートは直線で表現されている。円はいまわしい。元来たところに戻ってくる。「どんなに今克服のために努力しても、どうせまたいずれ同じことが繰り返される」というニーチェの永遠回帰 Ewige Wiederkunft は真に嘔吐を催すものだ。円周率は、人間にその果てを理解できないことだけが分かっている。一歩先を見通す法則は何もなく、代数式によって人間が飼いならすこともできない「超越数」であること、それしか人間にはわからない。円は地上のどこにでもあるのに、理解できないことしか人間には分からないなんて!地上には永遠に解けない謎があること、人の存在はあるループの中に閉じ込められていてそこから決して逃れることができないこと、ブルジョワジーはこういった「円の人生哲学」をささやきかけるではないか。

リシツキー(Л.М.Лисицкий)『赤いくさびで白を打て』
だから、革命は円を打たなければならない。上のリシツキーの代表的革命絵画の題は『赤いくさびで白を打て』だが、それはまた『直線のくさびで丸を打て』Бей круглых прямолинейным клином!でもあったのではないか?
革命戦争期の経済状態は悲惨そのものだったが、そのような状況で芸術家たちは直線への夢をつむいでいった。だがいつの時代にも祭りは長く続かない。ネップ(新経済政策)の短い中休みの期間を経て、暴力的な手段による社会建設がスターリンの指導の下で強行されるようになる。革命で得たソヴィエト連邦という橋頭堡を確かなものとする、という「建設的な」大義名分のもとで。垂直に無限に伸びていく直線を夢想する想像力の時代は終わり、斜めに傾いた直線の坂を登っていく政府指導の苦役の時代となった。未来しか見ない時代はもろい。祭りは終わり、政治によって長引かせられた未来志向は、だんだんと腐朽していく。
革命芸術も、短期間でしぼんでいく運命となった。いったんは革命の祝祭に参加した画家シャガールМ.З.Шагалл(1887 - 1985)は、革命を見限ってフランスに去ってしまった。そして『ミステリヤ・ブッフ』を書いたマヤコフスキーも、1930年代についに自殺してしまう。
百姓
約束の地へ行くんだ!
天国の向こうに探すんだ!
進め!
一歩一歩、天国を掘り起こすんだ。
合唱
探し出そう!
宇宙を全部掘り起こそう。
(『ミステリヤ・ブッフ』より)
≪ 今回のイチオシ ≫
ウラディミール・マヤコフスキー(の肖像) |

大した面構えだ。このウラディミール・マヤコフスキー Владимир Маяковский(1893 - 1930)は、上でも述べたように詩人で劇作家である。往年のソヴィエト政府により賞賛された体制公認の作家の一人であり、ソヴィエト文学史では特筆されて出てくる。彼の詩や戯曲は意表をついた表現(これを「異化」という)が持ち味で、それはそれなりに面白い。だが、何よりも私が気に入っているのは、彼がペンならぬ絵筆を取って描いた多くのポスターや人物画と、そして彼じしんの不敵なポートレートである。
少年時代から政治活動をしていて逮捕・投獄を繰り返していたという。第一次大戦前には「芸術の革命家」を目指してモスクワの美術学校にいた(後に放校になった)。詩を書き始めたのは1909年というから、十六歳前後か。ランボーとだいたい同じだ。そして同じく、革命から芸術のヴィジョンを得た。モスクワでの学生時代からもう、ロシア未来派の旗手であった。
実はダンディーでもある。彼はそのさほど長くない生涯で、数多くの恋愛を体験したという。そうだろうなあ、この色男だから。彼はスターリンと同じ、コーカサスの小国グルジアの出身。隣のアルメニアは世界一の美女の産地であるが、ならばグルジアは世界一の美男子の産地だ。当然私の勝手な定義である。だが中世にこの地を旅したマルコ・ポーロ Marco Polo もまた、グルジア人のことを「容貌が端正で性質が勇武、弓箭の技に長じる優秀な戦士である」(『東方見聞録』より、愛宕松男訳)と書いている。まあ彼の家はコサックの末裔だというから、祖先はロシアから流れてきたのだろうが。姓もロシア式だし。
 『急いで模範労働突撃団に入れ』
|  『、、、忘れるな、世界の4分の3で資本主義は生きている ― 備えよ!』 |
こういった宣伝ポスターだけでなく、彼は仲間を描いた肖像画もじつに味わい深い。過去の重苦しい様式などにとらわれないところに見える、生の人間が描かれている。

詩人ブルリューク(マヤコフスキー画)
ロシア革命は歴史の審判により敗れ去った。流血の暴力に訴えてでも理想社会を打ちたてようとした運動は、結局ある程度の生産力の向上をもたらしただけで挫折してしまった。まがりなりにも次の時代の原則を残したフランス革命とは比べものにならない。ロシアから輸出された革命は、その大部分が各地に破壊と悲惨しかもたらさなかった。ナショナリズムと同じく後進的社会に専制政治を許容させる二十世紀流の言い訳でしかなかったと言われても、しようがない。マヤコフスキーはそんな瓦礫の山の歴史の中にあって、わずかしか続かなかった天空に向けてまっすぐ想像力を伸ばそうとする「直線の時代」の代表的一個人である。マヤコフスキーは三十次元、三十世紀の世界までを夢想した。少し前の時代の1905年には、アインシュタイン A. Einstein が『動いている物体の電気力学によせて』 Zur Elektrodynamik bewegter Körperという論文を提出していた。後に「特殊相対性理論」という通称で呼ばれる小論文である。それは時空のわく組みを地上の常識から突破させる、新時代の想像力にふさわしい理論であった。
ひるがえって二十一世紀は生物学と確率論の時代だという。エコシステムの維持も、病原体ウイルス問題も、投資戦略も、コンピューターネットワーク管理も、人が全てを把捉できないことを前提としてマクロで問題を一定の枠内に封じ込めることが科学のテーマとなっている。最近の天文学によって、太陽系とはきわめてデリケートなシステムであることがわかってきた。程よい大きさの太陽がエネルギーを恵み、かつ巨大な木星が系外から侵入する天体を吸い寄せて壊してくれる中で、はじめて地球は安らいでいられる。このようなシステムは大宇宙全体にもおそらくめったにない。ひょっとしたらただ一つかもしれない。科学といえどもそれは時代精神から中立ではありえない。どのような科学的発見がなされるかは、必ずときどきの時代精神が求めるものと照応しているはずなのだ。するとどうやら二十一世紀の精神は、「人間存在とはループの中に閉じ込められて抜け出せない」という「円環の時代」で幕を開けたようだ、、、