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第22回 21世紀への遺産


陶磁器観賞は、私の密やかな趣味だ。ロンドンに行ったときに、パーシヴァル・デヴィッド財団に行った。これは、サー・パーシヴァル・デヴィッド Sir Percival David (1892 - 1964)が半生をかけて蒐集した中国陶磁の大コレクションを、ロンドン大学に寄贈したものだ。このコレクションに匹敵するものは、台北の国立故宮博物院しかないという。このデヴィッド氏のものはイギリス人が蒐集した中国陶磁器のピンの中のピンであるが、キリとしてはイギリスのB&B(朝食付きの民宿)に行くと決まって何点か中国(風)のやきものが暖炉の上などに飾ってある。だが大抵は明朝や清朝時代の様式を模倣した、多彩な色付けをした派手な皿なんかだ。たぶんあれは、日本の一戸建て住宅ならばどの家でも決まって床の間が作られてあって、そこにまた判で押したようにインチキ臭い山水画の模造品などが掛けられているのと同じ社会的傾向なのだろう。要は上流階級のシノワズリー(中国趣味)のマネゴトなのだろうと私は思っている。


これは、、、私の所蔵の後漢時代の陶器だ。緑釉(りょくゆう)をかけた明器(めいき)である。明器とは、墓の中に収める副葬品のことで、実用品ではない。この陶器は、青銅器の壺の様式を陶器で模造したもの。緑の釉(うわぐすり)が土中で変色して、銀色になっている。これを銀化(ぎんか)という。銀化した漢代の緑釉陶器は、高級品だ。

陶磁器とは、陶器と磁器に分類される。ヨーロッパならば近世以前、日本ならば桃山時代までのやきものは、ほぼことどこく低温度で土を焼いただけの陶器である。粘土を高温度で焼いてセラミック化させた磁器は中国で発明され、長い間中国と朝鮮半島ぐらいでしか作られなかった。カオリナイトという景徳鎮(けいとくちん。江西省)近郊の山で取れる特殊な白粘土を使って焼いた磁器は薄手で白く、ガラスのように緊密である。この魔法の中国磁器は、ヨーロッパ人の憧れであった。イギリスのウェッジウッドやドイツのマイセンは、中国磁器の国産化に努力した結果発展したものだ。

日本の陶磁器は、周知のとおり豊臣秀吉の朝鮮侵攻によって一挙に水準が上昇した。李朝から連れて帰られた陶工に各藩がやきものを作らせたところから、徳川時代のやきもの史は始まる。政治的に微妙な歴史なのであまり多くを言いたくないが、日本にも他国から技術者を拉致する野蛮な時代があったことだけは知っておいたほうがよいだろう。全ての社会はよりよい方向に進歩するべきだという、国家を超えた人類レベルの視点を必ず持つべきではないか?

中国陶磁器のだいたいの歴史的経過を、以下に要約しておこう。

殷代〜周代(BC1000年代〜BC3C)先駆期殷代に早くも高温度で焼いた磁器が発生した。だが主流は青銅器であって、陶磁器は青銅器の模造品の地位でしかない。
漢代
(BC2C〜AD2C)
黎明期相変わらず青銅器の模倣であるが、後漢時代に釉を塗って焼き上げる技術が普及した。
魏晋南北朝時代
(3C〜6C)
磁器の成立南中国で古越州と呼ばれる磁器が焼かれ始め、後世の青磁につながる。
唐代
(6C〜9C)
唐三彩の時代彩り鮮やかな釉をかけた唐三彩が全盛となる。ペルシャの銀器をまねたような様式も現れる。ただし、実用品ではない。
五代・宋代
(10C〜13C)
磁器の黄金時代青磁・白磁・天目の名作が多く作られる。同時期の朝鮮半島でも高麗磁器が全盛を迎える。
元代
(13C〜14C)
青花の成立西方からの酸化コバルト(呉須)の輸入によって、白地に青で彩った青花(チンファ)が発生する。
明代
(14C〜17C)
中国陶磁器の最盛期前代からの青花、多くの色を使ったはなやかな赤絵、更に金箔を押した金襴手(きんらんで)など、各時期に個性的な名品を多く輩出した。
清代
(17C〜20C)
模倣の時代前代の継承が主流。精緻な作品も多いが、後世にいくほどさえない。


東洋の陶磁器は、悠久の歴史が育んだ遺産として、東洋人が誇りに思ってよいものだ。磁器などは多くの偶然と試行錯誤の結果作られたものだろうが、東洋のみならず世界中の人々を魅了することとなった。今回のイチオシは、大阪にある世界レベルの陶磁器美術館を挙げたい。ある意味でパーシヴァルデヴィッド財団や国立故宮博物院にも劣らない質を誇る、21世紀への遺産である。



≪ 今回のイチオシ ≫
大阪市立東洋陶磁美術館
http://www.moco.or.jp/jp/index_f.html




大阪市の中心部、中之島の上流のはしっこにある美術館。最近大阪市は職員厚遇問題で騒がれたり、ウォーターフロントや野球場建設の債務問題でにっちもさっちもいかなくなっているが、この美術館だけは世界にも誇れる一流のコレクションだ。21世紀に大阪が残した偉大な遺産にまちがいない。

この美術館は、もともと「安宅コレクション」といわれる大阪所在の商社、安宅産業の一族が蒐集していた東洋陶磁のコレクションを住友グループからの寄贈により大阪市が受け取り、それを展覧するために建てられたものだ。安宅産業は1975年に経営危機に陥って、住友銀行・伊藤忠商事が主導して解体された大阪の老舗商社。その繊維部門はイトマンに受け継がれたので、バブル時代末期のイトマン・住銀事件ともリンクしている。だがイトマンは解体されても何も後世に残さなかったが、安宅産業はこの「安宅コレクション」を後の時代に残したからまだ救われる。バブル時代とは、つくづく後世にマイナスしか残さなかった戦後で最も愚劣な時代であった。

「安宅コレクション」は、質量共に驚異的である。中国陶磁及び韓国陶磁が中心だが、その数約1,000点という。中国陶磁は後漢時代の珍しい陶器から始まって、南北朝時代の越州窯(えっしゅうよう)、唐三彩と続くが、圧巻は宋・元・明時代の磁器群である。南宋時代の天目茶碗の歴史的名物が二点収められている。一つは加賀前田家に伝わった、木葉天目(このはてんもく)。もう一つは関白豊臣秀次が所持していたという油滴天目(ゆてきてんもく)だ。いずれも茶碗にかけた黒の釉(うわぐすり)を意図的にあるいは窯の具合の偶然で変化させた作品であるが、桃山時代当時の美意識が伝わってきて面白い。豊臣家は黒を好んだ。豊臣系の大名が建てた熊本城や松本城は、黒壁で統一されている。一方徳川家はそれに白で対抗した。関が原以降に建てられた、姫路城。明石城。それに名古屋城。陶器も半島からの技術を用いた優美な白地の伊万里焼に変わっていった。

豪壮な宋代磁器に比べて、元・明代の青花(チンファ)は優美なものだ。モンゴルによるユーラシア帝国の成立によって、西方のコバルト顔料(日本では呉須という)が中国に大量に入ってきた。青花は白地にコバルト顔料で青く彩色した作品群である。当美術館のコレクションには、これらにも逸品が多い。大阪のほかには北京とロンドンにしかない様式の名作もある。

この美術館は、立地もいい。徳川時代の中之島は、対岸の堂島と並んで各藩の蔵屋敷が立ち並んでいた。このあたりで世界最初の商品先物取引市場が成立したことは、いかにこの地に集まった人々が合理的計算に基づいた経済取引によってもっぱら支配されて、それ以外の因習的要素がこの地から消え去っていたかをよく表している。明治以降は蔵屋敷に代って、大阪の行政と銀行業の中心として、公的私的な施設が競って建てられた。中央公会堂、大阪府立図書館、そして日銀大阪支店が、当時の建物の名残として今でも残っている。風光明媚な名所など何一つない大阪市内だが、この中之島近辺だけは昼歩いても夜通っても、ちょっとした風情がまだ残っている。

「安宅コレクション」は量的には韓国陶磁が最も多い、質的にも高麗磁器・李朝陶磁共にきわめて高い。しかし、この美術館には1990年代末にもう一つの流れの韓国陶磁が合流した。李秉昌コレクションである。

李秉昌(イ・ビョンチャン)氏は外交官として、また貿易商として1949年以来日本で活躍し、韓国陶磁の個人コレクションとしては世界最大級の蒐集家であった。それを、氏はこれまで長年在住した日本の、在日韓国人の多い大阪の当美術館に寄贈する決意をされた。1999年の李氏の寄贈によって、大阪市立東洋陶磁美術館は韓国陶磁では本国以外では世界最大級のものとなったのだ。コレクション寄贈の際の、李氏のメッセージを引用する。

私は50余年間という長い歳月を「在日韓国人」として過ごす中で、祖国をなつかしむ思いで、韓国陶磁を蒐集してきました。私の分身のように、あるいは我が子のように愛してきたこれらの陶磁器を、どこに、そしてどのように保存すれば、韓国陶磁の美しさを広く知らしめることができるか、と長い間、考えに考えを重ねてきました。 長きにわたる苦悩の末、私が下した結論は、これらの陶磁器を日本にとどめ、研究し、美術館に展示することによって、在日同胞の子孫達が祖国の文化を学び、矜持を持てるように取り計らうべきだ、というものでした。大阪市は、1980年「安宅コレクション」の寄贈を受け、大阪市立東洋陶磁美術館を設立し、韓国陶磁を中心に東洋陶磁を常設されていますが、私のコレクションがこれに加わりますと、時代別、内容別に互いに補完しあうことになり、韓国陶磁の美しさがいっそう豊かに伝わることになる、と考えるに至りました。 今後、「李秉昌コレクション」が韓国人と日本人、そして大阪を訪れる世界の人々に韓国陶磁の美しさを伝える文化使節となることができれば、祖国を愛する心で祖国の陶磁器を蒐集してきた私としまして、これ以上の喜びと生きがいはありません。
1999年1月22日 李秉昌

この美術館は、世界最高級であってかつ国際的でもある。大阪の、そして日本の21世紀への遺産だ。偉大なものとは、結構目立たないところにあるものなのさ。




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