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盡心章句上



四十二




孟子曰、天下有道、以道殉身、天下無道、以身殉道、未聞以道殉乎人者也。

孟子は言う。
「天下に正しい道が行なわれている時代には、己の身を道に従わせて世の中で生きるべきである。だが天下に正しい道が行なわれていない時代ならば、ひとり正しい道を己の身にしっかり備え付けて一歩引いて生きるべきである。正しい道を世間の人々に迎合させて生きるような者は、聞いたことがない。」

「自分を枉げて人を正すことのできた者など、いまだかつて聞いたことがない」(萬章章句上、七)という断固とした信念を持つ君子である。前章で見たように、正しい道を世間に迎合させて枉げることなど、君子は決してしてはならないのだ。だから、本章のように外界が自分の信念と合わないようであれば、身を一歩引く態度を薦めるのである。

本章で孟子が薦める進退は、伯夷の取った道のように見える。しかしながら、伯夷とは対照的に、不遇であっても世間付き合いを積極的に行ないつづけた柳下恵のような進退でもまたオーケーなはずだ。大切なことは自分の心の中にある「天爵」を大切に育てて、仁義礼智の徳に心を準拠させることである。進退の形式ではない。だから孟子は、淳于髠(じゅんうこん。コンはかみかんむり(「髪」の上半分)に「几」)の非難に反論して、「君子たるもの、ただひたすら仁あるのみなのだ。それさえあれば、進退のあり方など同じでなくともよい」(告子章句下、六)と言ったのである。

だから、柳下恵の生き方は決してへつらいの道だと取ってはならないのだろう。人間には社交的な性格の人と内省的な性格の人がどうしてもいる。だが人間の性質は今さら変えることはできないのだから、自らに与えられた天与の性質を十分に使い切ることが聖人への道なのである(本章句上、三十八)。孟子が本章のような発言をしながら、他方で柳下恵のことを称えていることは、矛盾として捉えるべきではない。表面的な行動の奥にある心のよきあり様が大事であると、主張しているのである。


(2006.03.28)



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