動乱の章 アーカイブ

一 歴史の『勢』 --->2007年06月27日

二 芸人、雲に乗る(1) --->2007年06月28日

二 芸人、雲に乗る(2) --->2007年06月29日

三 大大大民変(1) --->2007年06月30日

三 大大大民変(2) --->2007年07月02日

四 龍虎を待つ(1) --->2007年07月03日

四 龍虎を待つ(2) --->2007年07月04日

五 天下を転がす男(1) --->2007年07月05日

五 天下を転がす男(2) --->2007年07月06日

六 項羽が斬る!(1) --->2007年07月07日

六 項羽が斬る!(2) --->2007年07月09日

六 項羽が斬る!(3) --->2007年07月10日

七 沛は大騒動(1) --->2007年07月11日

七 沛は大騒動(2) --->2007年07月12日

七 沛は大騒動(3) --->2007年07月13日

七 沛は大騒動(4) --->2007年07月14日

八 諂いの者たち(1) --->2007年07月16日

八 諂いの者たち(2) --->2007年07月17日

九 救秦の将(1) --->2007年07月18日

九 救秦の将(2) --->2007年07月19日

十 陳勝末路(1) --->2007年07月20日

十 陳勝末路(2) --->2007年07月21日

十一 韓信帰る(1) --->2007年07月23日

十一 韓信帰る(2) --->2007年07月24日

十一 韓信帰る(3) --->2007年07月25日

十二 七十にして立つ(1) --->2007年07月26日

十二 七十にして立つ(2) --->2007年07月27日

十三 塵風に吹かれて(1) --->2007年07月28日

十三 塵風に吹かれて(2) --->2007年07月30日

十四 太公望兵法(1) --->2007年07月31日

十四 太公望兵法(2) --->2007年08月01日

十五 彭城入城(1) --->2007年08月02日

十五 彭城入城(2) --->2007年08月03日

十六 龍虎集う(1) --->2007年08月04日

十六 龍虎集う(2) --->2007年08月06日

十六 龍虎集う(3) --->2007年08月07日

十六 龍虎集う(4) --->2007年08月08日

十六 龍虎集う(5) --->2007年08月09日

十七 天下を取ろう(1) --->2007年08月10日

十七 天下を取ろう(2) --->2007年08月11日

十八 帝国の秋(1) --->2007年08月13日

十八 帝国の秋(2) --->2007年08月14日

十八 帝国の秋(3) --->2007年08月15日

十九 定陶へ(1) --->2007年08月16日

十九 定陶へ(2) --->2007年08月17日

二〇 定陶の戦(1) --->2007年08月18日

二〇 定陶の戦(2) --->2007年08月20日



2007年06月27日

一 歴史の『勢』

孫子兵法に、曰く。

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2007年06月28日

二 芸人、雲に乗る(1)

陳勝、陽城の人、字は渉と、『史記』陳勝世家にはある。

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2007年06月29日

二 芸人、雲に乗る(2)

陳勝たちは、このとき大沢郷の小さな亭に逗留していた。亭は小さな宿舎で、屯長の陳勝と呉広に、それと県から派遣されていた監視の将尉だけが屋根つきの部屋に泊まることができた。残りの九百人の戍卒は、亭の外で野営であった。

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2007年06月30日

三 大大大民変(1)

居並ぶ兵たちの前に、陳勝は立った。

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2007年07月02日

三 大大大民変(2)

陳に都を置いた陳勝のもとに、各地からありとあらゆる勢力が、傘下に付きたいと馳せ参じてきた。

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2007年07月03日

四 龍虎を待つ(1)

陳からはるか東の、下邳の城市。

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2007年07月04日

四 龍虎を待つ(2)

起り始めた反乱は、楚以外の土地にも速やかに広がっていった。

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2007年07月05日

五 天下を転がす男(1)

陳勝から兵を借りて北に向かった張耳と陳餘の二名は、白馬津から河水(黄河)を渡って趙の土地に入った。

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2007年07月06日

五 天下を転がす男(2)

戦国時代には、縦横家と呼ばれる専門家たちがいた。

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2007年07月07日

六 項羽が斬る!(1)

陳勝の蜂起の知らせは、南の地域にも広がっていった。

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2007年07月09日

六 項羽が斬る!(2)

項梁は、陳勝と呉広が自ら扶蘇と項燕と名乗って蜂起した知らせを聞いて、舌打ちをした。

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2007年07月10日

六 項羽が斬る!(3)

殷通の前に、項羽が現れた。

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2007年07月11日

七 沛は大騒動(1)

江東を掌握した項梁と項羽は、これから風雲の中に乗り出していくこととなるであろう。項羽は、北の彭城に行かなくてはならない。そこには、虞美人が待っているはずであった。

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2007年07月12日

七 沛は大騒動(2)

泗水の流れに沿った茫漠たる平原に位置する沛県は、主に麦作りの土地であった。しかし土地はあまり豊かであるとはいえず、住民は他に雑穀を作ったり蚕を飼ったりして、様々な仕事をして生計を立てていた。季節は陰暦の九月、今や夏が終わって秋たけなわであった。普段の年ならば刈り取った粟で酒を醸して、社で秋の祭りを行なうべき頃であった。しかし今年の沛県は、どこの郷里もひっそりと鳴りを静めていた。全ての城市も邑も、これからの時勢の推移を見守っていた。

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2007年07月13日

七 沛は大騒動(3)

「勝ったぞ!沛は、我らのものだ!」

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2007年07月14日

七 沛は大騒動(4)

早朝、まだ皆が寝静まっている頃。

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2007年07月16日

八 諂いの者たち(1)

沛公軍は豊に駆け付けて、包囲する秦軍と一戦した。

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2007年07月17日

八 諂いの者たち(2)

皇帝の近くには、博士と呼ばれる者たちがいた。彼らは、全国から該博な知識の持ち主が選抜されて、一種の諮問機関として勤めていた。

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2007年07月18日

九 救秦の将(1)

少府章邯は、このとき自邸で上奏のための文を書いていた。

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2007年07月19日

九 救秦の将(2)

趙高が良いと言えば、二世皇帝が勅許したも同然であった。

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2007年07月20日

十 陳勝末路(1)

戦の結果は、全て章邯の筋書き通りに進んだ。

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2007年07月21日

十 陳勝末路(2)

張楚国の、終わる時がやって来た。

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2007年07月23日

十一 韓信帰る(1)

天下のどの土地を回ってみても、みな同じように争乱の最中であった。全土を力で押さえ付けていた秩序が揺らいだとき、かくも激しい動揺が起こるのであろうか。

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2007年07月24日

十一 韓信帰る(2)

韓信は、久しぶりに淮陰の城内を歩いていた。

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2007年07月25日

十一 韓信帰る(3)

「韓さん、、、!」

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2007年07月26日

十二 七十にして立つ(1)

楚の各地が、次々に動き始めた。江東でも、淮水流域でも、北の沛でも、雲のように群雄が沸き起こって独自の動きを始めた。江東の項梁は、陳勝が敗れた後の楚の器を受け継ぐために、兵を急いだ。

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2007年07月27日

十二 七十にして立つ(2)

項梁は、范増を招き寄せてしばし会談した。

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2007年07月28日

十三 塵風に吹かれて(1)

北楚の一軍閥として旗上げした沛公たちの、その後について書くことにしよう。

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2007年07月30日

十三 塵風に吹かれて(2)

「なにっ!、、、豊が、魏軍に取られた?」

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2007年07月31日

十四 太公望兵法(1)

下邳に向けて進む項梁軍は、城市を接収するために先遣隊を送り込んだ。

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2007年08月01日

十四 太公望兵法(2)

「この下邳をさらりと明け渡したのは、やはり張子もまた江東軍が楚の柱となるべきだと、見られたからなのでしょう?」

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2007年08月02日

十五 彭城入城(1)

張良は、配下の一同を連れて、下邳を離れた。

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2007年08月03日

十五 彭城入城(2)

「― 遅かったね。」

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2007年08月04日

十六 龍虎集う(1)

楚を統一した江東軍は、胡陵に入ってさらに西に進もうとした。

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2007年08月06日

十六 龍虎集う(2)

沛公は、項梁に言って兵を借りることを望んだ。項梁は沛公の実力を評価していたので、兵卒五千人と五大夫の位にある将十人を与えた。

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2007年08月07日

十六 龍虎集う(3)

この襄城の戦の結果は、後々までも項羽の兇行の一例として、たびたび引用されることとなった。

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2007年08月08日

十六 龍虎集う(4)

十数年前の沛の城市で、こんなことがあった。

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2007年08月09日

十六 龍虎集う(5)

対局は、終わった。

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2007年08月10日

十七 天下を取ろう(1)

田栄が斉に戻って行なったことは、王の田假を襲うことであった。

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2007年08月11日

十七 天下を取ろう(2)

「項羽、お前には妻子がいるのか?」

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2007年08月13日

十八 帝国の秋(1)

章邯という、思いもかけぬ名将の出現によって救われた秦帝国は、その後奮起して立ち直ったのであろうか?

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2007年08月14日

十八 帝国の秋(2)

宮中の策謀に関しては、李斯などよりも趙高の方がはるかに上手であった。

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2007年08月15日

十八 帝国の秋(3)

胡亥の前にいたのは、一人の老政治家であった。

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2007年08月16日

十九 定陶へ(1)

丞相李斯は、五刑の全てを受ける処断が下った。

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2007年08月17日

十九 定陶へ(2)

宋義が、言った。

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2007年08月18日

二〇 定陶の戦(1)

楚軍に、急報が入った。

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2007年08月20日

二〇 定陶の戦(2)

この頃、甥の項羽と沛公は、外黄から陳留を攻撃していた。

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