(― あなたが覇王の道を進むために、必ず沛公を除かれよ!)
沛公の陣舎では、男たちが暗く沈んでいた。
絶体絶命に追い込まれたとき、慌ても逃げもしない。
翌日の朝、沛公は覇上を起った。
本日の酒宴の席は、もとは項羽が沛公を攻める前祝いとして諸将をねぎらうために、范増が用意したものであった。
躱(かわ)された。
項伯の名を叫んだのは、張良であった。
宴席の外が、にわかに騒がしくなった。
「― いや本日は、興趣ある酒宴であった!」
実に、鴻門の会は沛公劉邦の生涯で最大の危機であった。彼の生涯において、死ぬかもしれない瞬間は何度もあった。だが、鴻門の会での彼は、殺されるはずの運命であった。彼がここまで追い詰められた瞬間は、後にも先にもなかった。
翌日、項羽は咸陽に向けて総軍を進める命を出した。
項羽は、今や全てを無に戻して、無から天下を書き直したいと望んだ。
咸陽の破壊は、翌日も続いていた。
溱與洧 溱水(しんすい)、洧水(いすい)
方渙渙兮 川面に水、あふれ
士與女 士(おのこ)と女
方秉蕑兮 蕑(かん。ふじばかま)を摘まん
女曰觀乎 女は問う、「もう行きましたか?」
士曰既且 士は答える、「もう、行きましたよ。」
且往觀乎 それじゃあ、もう一度川辺に行こうよ
洧之外 洧水の川辺は
洵訏且樂 春草萌え、まことに楽し
維士與女 士と女
伊其相謔 二人で、痴話など交わす
贈之以刁藥 贈る草は、芍薬(しゃくやく)にしよう
咸陽城に、火が点けられた。
ひとまずの詮議が終わって、項王の裁断を陳平が持ち帰って来た。
春、戲水(きすい)の辺に全ての諸侯が集結させられた。
この席で、あえて項王に異を唱えようというのか?
各人は、互いに目を見合わせた。
弁士から冠を着けた沐猴(さる)と痛罵された項王の命令は、しかし貫かれた。
項王は、彭城を都として梁・楚九郡の君主となった。
夕陽が落ちて、もう暗くなり始めていた。
張良と韓信は、城市の商家で相対していた。張良が昔商人に身をやつしていた頃に、この商家の者と知己であった。
夏は、暦と共に日が長く、高くなっていく。
日もすでに西に落ち始めて、二人は丘から降りていった。
韓信は、まだ明けぬ夜のうちに、林媼さんの家を出た。
「再見(ではまた)、、、!」
こうして、韓信は漢王に帰属するために、漢中に赴いた。
組織の中に新参の者が転がり込んだとき、それを力とすることができるか。
蕭何もまた、賭けることができる男であった。
最近の漢王は、戚氏の虜となっていた。
漢中の拠点である南鄭から北西に向けて、隴西天水方面につながる道が作られている。
秦が開削した、秦嶺を抜けて巴蜀に通じるための街道であった。最も故(ふる)く開かれた道なので、故道と呼ばれる。
より新しく作られた桟道(襃谷道)は、漢中から真北の襃谷(ほうこく)に沿って穿たれている。しかしこの故道は、より西を迂回する径路を取る。やがて東北方面に折れ曲がって現在の宝成鉄路に沿って北進し、関中の西の難関である散関を通って渭水の流れを見る。この故道もまた新しい道に匹敵するほどの、山また山を越す険しい街道であった。関中盆地と漢中とを繋ぐ街道で戦闘のための兵馬を実際に往来させるに耐えるものは、すでに焼き払った桟道とこの故道があるぐらいであった。それほどに秦嶺の山々は、人が通るに難い。
丞相が薦める男ならば、間違いがあるはずもない。
秋風が吹くにはまだ早い、秋の暦が始まった頃の一日。
任命式の後、漢将たちが一同に朝廷に会した。
韓信は、言った。
韓信は、言った。
第十章 挽歌の章