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九 故郷に帰る猿(1)

(カテゴリ:死生の章

春、戲水(きすい)の辺に全ての諸侯が集結させられた。

「大楚は天下を併せ、暴秦を討ち亡ぼし、ここに諸侯を集む。普天の下、大楚の地に非ざるはなく、率土の浜、大楚の臣に非ざるはなし。ここに、義帝に代わりて諸侯の封建を示すこととする―」
亜父范増が、宣言した。
義帝に代わって封建するというのは、言辞の上だけのことであった。真の決定は、ことごとく項王によって為された。これから封建される諸王の上に帝が必要だという形だけの都合により、楚義帝は据え付けられているに過ぎなかった。
左尹(さいん)項伯が、諸侯の封建案を読み始めた。
趙王や燕王などは、自分たちの家臣に土地を分かたれ、都を逐われる結果を聞いて、唖然とした。
田栄は、呼び付けられた斉王に従って、関中に来ていた。彼は封建の内容を聞かされて、目の前が真っ暗になった。
「我ら一族を、膠東に追放するというのか、、、!」
都の臨湽と最も豊かな土地を明け渡し、山東の辺地だけに領地は限られるという命令であった。田栄は、腸(はらわた)が煮えくり返った。しかし、この場では項王の威勢を恐れて、顔を上げることすらできなかった。
劉邦は、無表情で座っていた。
彼は、思った。
(この土地で諸侯を封建するのは、きっと俺への当て付けだな。范増め、、、)
劉邦は、この戲にある鴻門に赴いて、諸侯の前で項王に謝罪した。劉邦が項王に頭を下げた土地をあえて選んで再び諸侯を結集したのは、以前に見せ付けた力関係を各人に思い出させようとした策略に相異なかった。勝者は、項王である。劉邦もまた、項王の命には従わなければならぬ。
「次。旧秦の土地について―」
項伯が、読み上げていった。
結果は、劉邦をがっくりとさせた。
関中は、得られなかった。
(よりによって、巴蜀かよ、、、最低だ。)
楚人にとって、巴蜀などは猿の住む土地であった。天下最良の関中を得るどころか、天下の最辺境に逐いやられることとなった。明らかに、范増の策略であった。こんな土地ならば、沛一県を与えられた方がましだ、と劉邦は思った。
劉邦は、項伯をじろりと見据えた。
項伯は、うろたえて目を逸らした。彼は、項王の封建案に何の口出しもすることができず、無力であった。
范増が、機嫌を損ねた劉邦に声を掛けた。
「― 巴蜀の土地は、この百年ほどで秦によって思った以上に拓かれており申す。地には塩井があり、その上に鉄を産する。岷水(びんすい)の上流ではかつて太守の李冰(りひょう)が離堆を切り拡げ、下流の成都に水路を引く土木が行なわれた。今や、成都盆地は沃野千里の将来が約束されている土地でござるぞ。漢王は、よろしく将来のための国作りに励まれよ。天下は、もはや定まったのだ。ゆめゆめ異心など、起こすべからず―」
そう言って、范増は漢王に封じられた劉邦に視線を向けた。声は穏やかであったが、視線には毒があった。范増の最後の言葉には、強い牽制の調子が込められていた。漢王劉邦は、無言のままであった。
范増の真意は明らかであったが、彼が巴蜀の将来を約束したその言葉には、偽りがなかった。劉邦がこのとき封建された土地は、四百年後に始まった三国時代の蜀漢帝国の版図と正しく重なっていた。蜀漢は、劉備や諸葛亮孔明の経営よろしく中原を押さえる魏帝国と互角の戦いを数十年間続けることができた。四百年後には、巴蜀の盆地だけで長期の戦いの資源を補給できるまでに大発展したのであった。巴蜀の盆地は、漢代を通じて最も成長した中国のフロンティアとなった。だがそれは、長い時間をかけた結果として、そうなった。秦が亡んだ今の時点では、まだ開発は始まったばかりであった。
こうして十八王の封建案が、示された。
最後に、項伯が宣言した。
「梁・楚の九郡には、西楚の覇王が立つべし。都は― 彭城!」
西楚の覇王。
これが、項王の称号であった。
西楚とは、『史記』貨殖列伝の記述によれば、

― 淮水の北から沛、陳、汝南、南郡まで。

を指した地理的呼称であった。ちょうど彭城を境として、彭城より東の海岸地帯は東楚と呼ばれる。さらにかつての楚都の寿春から長江沿岸にかけての地帯は、南楚と呼ばれた。楚は、この西楚・東楚・南楚で習俗を異にしていたと、司馬遷は報告している。項王はもともと西楚に属する下相の出身であり、それゆえに自らの郷里に立つ王者として、西楚の覇王と称したのであろう。彼の領地はこの西楚に加えて、東楚に当る江東から梁と呼ばれた旧魏の東半分までを含んでいた。彭城を中心として、彼にとって馴染みの深い土地を自領としたのであった。
項王は、西楚の覇王となった。
(つまり、関中から去るということか、、、?)
諸侯は、不審がった。関中を去るということは、秦の持っていた有利を放棄するということであった。要害の地形と、豊かな産物と、稠密な人口の三者を併せ備えた土地は、中国でこの関中を措いて他はない。西楚など、この関中の富強に比べれば明らかに貧しかった。項王は、二流の土地を自領にして天下を睥睨しようとする。それは、多くの諸侯にとって不可解な決定であった。
しかし、項王は自分の決定について迷うこともなかった。
彼は、諸侯の前で常の通りに目を輝かせ、圧するような若き威風もまた、普段と変わりがなかった。
諸侯は、項王の裁断に恐れながら平伏した。その姿も、これまでと同様であった。
「待たれよ、大王―!」
そのとき、居並ぶ者たちの中から、声が挙がった。
一人の男が、立ち上がった。
注目の中で、男は項王に言った。
「彭城に、都する?、、、大王、あなたはこの上にまたも、戦乱を望まれるのか。それは、あまりにも誤った判断であるぞ!」

          

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第二章 伏龍の章


           
第三章 皇帝の章


           
第四章 動乱の章


           
第五章 楚滅秦の章


           
第六章 死生の章


           
第七章 楚漢の章


           
第八章 背水の章


           
第九章 国士無双の章


           
第十章 垓下の章



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