中国歴史小説「知兵之将」

今、鈴元仁は歴史小説をブログで連載しています。

内容は、二千二百年前(!)の古代中国です。

始皇帝・項羽・劉邦・韓信・張良・虞美人・呂太后、、、

これらの名前にピンと来た方、あるいは、

郡県制・儒教・陰陽思想・法家思想・孫子兵法、、、

こういったことどもにちょっと興味をそそられる方、

よろしければ読んでやってください。

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台北四十八時間 06/06/29PM01:00

(カテゴリ:台北四十八時間
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孔廟 - ビデオ鑑賞三回目



この孔廟で、毎年九月二十八日に行なわれるのが、孔子さまの生誕日を祭る釈奠礼(せきてんれい)である。

この祭典は日本統治時代の1931年から、当時まだなお完工していなかったこの孔廟で始められた。第二次大戦が終結した1950年代以降、台北孔廟はその伝統を持続しただけでなく、さらに大々的に祭礼を挙行するようになったのである。儀式は、考証に基づいて古代の礼に則って行なわれる。儀式の首座である正獻官(せいけんかん)は台北市長が担当し、以下民生局長をはじめ市政府・市議会のトップクラスや学校校長・各区区長に市役所主任などが儀式に参加する。中央の総統府からも、内政部長が代理として派遣される。この面々に加えて、佾生(いつせい)と呼ばれる舞い手三十六人が、明朝時代の文献に残る記録に基づいた「佾舞」(いつぶ)という古代演舞を奉納する。、佾生は明朝時代の古代礼服をまとい、「翟」(てき。キジの羽)と「籥」(やく。竹の笛)をそれぞれの両手に持って、規定に基づいた舞いを行なうのである。この佾生はもともと地元の大龍國小の生徒が担当していたが、1989年以降は成淵國中の生徒に引き継がれている。(以上、漢語版Wikipediaの「台北孔子廟#祭礼大典」と台北市発行の孔廟パンフレットの説明に基づいて書いた。)



まあこんなふうに、当日は極めて厳粛な祭典なのだが、昔からなんだかんだ言って人々も楽しんで祭りを行なって来たのだ。そこは日本の神社の祭礼と同じなのである。再びおねえさんの話を交えながら、お祭りの風景について書いていこう。

おねえさん「当日は毎年朝六時から、儀式が始まるんだ。昔は五時から始めていたけれど、今は一時間ずらしている。昔は当日の暗いうち ― 朝の二時ぐらいから、みんなでいろいろ食べ物とか用意していたよ。台北市長とか市政の功労者たちがみんな決まった礼装を着て儀式に参加するんだけれど、昔は男の人だけが参加できた。でも今は、女の人も参加している。その際には、これも紺色の規定の礼服を着て参列するんだ。」
鈴元(つまり、私)「あの別室(大成殿の後ろにある展示室)に陳列してあった、清朝時代風の服 ― いわゆるチーパオ ― ですか?」
おねえさん「そうそう。」

なるほど、礼も時代に合わせて変えられるものだ。ちなみに、朝六時から行なうのは意味があって、これは孔子さまがお生まれになった時刻であるというのだ。つまり、孔子さまは夜の明ける時刻、卯(う)の刻(午前五時から七時まで)にお生まれになられた。旧暦で考えても秋分の日から若干過ぎた季節なので、次第に夜が明け始める時間帯なのだ。孔子さまはお生まれになった時間帯までわかっている。さすがに大したものだ。まあ不信心者の私などの目から見れば、イエスさまが冬至の祭りの時期にあえてお生まれになったのと同じで、あえて節目の季節の夜明けを選んで「ご誕生」なさったのだと思うのであるが。

おねえさん「儀式には、お供えのお酒と牛を用意するんだ。本物の牛と、豚と、羊をお供えするのさ(古式の「太牢」(たいろう)。この三頭をいけにえに供えるのが、最も格の高い儀式である)。殺した牛の血を皿に取って、西側の敷地に注ぐ。東は生を意味する方角で、西は死を意味する方角だからさ。祭りに使った牛は目の周りの毛がいちばんきれいで、そこをむしって取ると頭が良くなるって言ってさ、みんな集まって取り合いしたんだよ。でも今は本物の牛とかを使うのはやめにして、代りにもち米で牛の形を作ってお供えしてるんだ。(注:さきほどの漢語版Wikipediaの叙述によると、1990年代からもち米の牛に代えたらしい。)」
鈴元「じゃあ、血も使わないと。ビデオで注いでいますけど、何使ってるんですか?」
おねえさん「ただの水だな。でも、最近赤く色着けた色水にしてるな。」


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おねえさん「儀式の中で、代表者がお供えのお酒を甕から掬(すく)って頂く。だけどね、あれに使うコップ(爵)の出っ張りを顔につけちゃだめなんだ。礼儀違反なんだよ」
鈴元「これも、今はやっぱりただの水にしているとか?」
おねえさん「アー、ポートワインを入れてるね。」

ところで、この釈奠礼は、日本では伝統的に「しゃくてんれい」と読まれない。どうしてなのだろうか。普通「解釈」(かいしゃく)「釈明」(しゃくめい)「会釈」(えしゃく)などのように、「釈」の音読みは「しゃく」が使われる。しかしこれは、呉音(ごおん)である。呉音は日本の律令時代以前に主に百済人を通じて非公式に伝来してきた、揚子江下流地方の漢字の読みである。しかし律令体制を整えた朝廷は、唐王朝の本拠地長安の読みである漢音(かんおん)を正式な漢字の読みとして推奨した。旧来の呉音は漢音に取り替えるべき運動が、唐への留学生たちによって進められたのだ。しかしながら、昔ながらの慣例に固執する仏教界は、呉音の読みを捨てようとはしなかった。やがて平安時代になると政府の読み方統一政策もいつのまにか腰砕けとなってしまい、日本語には多くの呉音が慣習上残されてしまった。「釈」の漢字を現在もっぱら「しゃく」と読むのは、呉音が漢音を圧倒したのである。つまり、「せき」とはほとんど使われない「釈」の漢音なのだ。呉音が仏教と強く結びついていた読み方なので、中国正統の読み方を信奉する儒者たちが、あえて漢音で「せきてんれい」と読んだのであろうか。しかしそれにしては、「周礼」(古代の制度を記した書である「三礼」のひとつ)を漢音で「しゅうれい」と呼ばずに呉音で「しゅらい」と読んだり、「鄭玄」(後漢の儒者。古代訓詁学の大家)を「ていげん」と漢音で読むより「じょうげん」と呉音で読む方が慣習上多かったりと、首尾一貫するところがない。何よりも、根本テキストの「四書五経」の「詩経」「易経」「書経」「礼記」を、「ししょごけい」の「しけい」「えきけい」「しょけい」「れいき」と漢音で読んでいない(周知のとおり、それぞれ「ししょごきょう」の「しきょう」「えききょう」「しょきょう」「らいき」と呉音で読む)。


東の国での読み方の話は置いといて、釈奠礼の祭りにおいては、いろいろな楽器が使われる。孔子さまを祀るためには、匏(ひさご。ひょうたん)・土・木・革・石・金・絲(糸)・竹の八種類の楽器で音楽が奏される。この八種類の楽器を、総称して「八音」という。


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鐘(しょう)。八音の金音(きんおん)に属する。


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笙(しょう)。八音の匏音(ひょうおん)に属する。どうして「ひょうたん」なのかというと、この雅楽でも重要な楽器は、その「つぼ」の部分が本来ひょうたんで作られるのだ。


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柷(しゅく)。八音の木音(もくおん)に属する。木箱の内部の四隅に出っ張りがあって、木槌で叩いて音を出す。


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敔(ぎょ)。これも八音の木音に属する。竹のササラ棒で、ギロみたいに虎(?)の背中をジャラッとこすって音を出す。


おねえさん「この二つの木の楽器は、孔廟にしかない。そっちの虎(?)の背中を竹でジャッとこすれば、『踊りやめ!』の合図だ。踊り手は動きを止めて、静止する。」
帰って調べてみると、何と漢和辞典に「柷敔(しゅくぎょ)」という言葉が載っていて、「柷は、音楽を始めるときに鳴らし、敔は、終わるときに鳴らすもの」(角川新字源)とある。そんな恐ろしく古くからある古代楽器だが、おねえさんの回想によれば、「昔この辺りは田んぼばっかりで、稲を干してたらスズメがやってくる。そのときにこのササラの棒で地面をバンバン叩いて追っ払ったもんだよ!」だとか。


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まあ、楽器だからね。楽器は楽しむためにある。孔子さまも音楽が大好きで、斉国にいたとき韶(しょう。聖王舜の音楽)を聴いて三ヶ月肉の味がわからなかったというぐらいなのだから(『論語』述而篇)。儀式は儀式として厳粛にやらねばならないとしても、普段に人々が楽しんで使う範囲ならば孔子さまも許してくれるだろう(?)。というわけで、これは八音の石音(せきおん)に属する「磬」(けい)である。への字型の石版を吊り下げたもので、これもハンマーで叩く。「磬」は禅寺で使う楽器「磬子」(けいす)のルーツの楽器だが、石ごとに厚さを変えることによって音階を奏でることができる。この打楽器は、クロマティックスケール(半音階)まで用意されているから、西洋音楽もやる気になれば演奏できるのだ。ちょうど別の日本人の観光客の人が尋ねてきたから、一丁私がこの孔子さまの音楽の真髄を聴かせてしんぜようではないか。こんなふうに。



バッハ「ゴルトベルク変奏曲」・第1変奏




、、、、、、、は、さすがに無理だ!できるわけないでしょーが!

実際に演奏したのは、これ。



「むすんでひらいて」 by J. J. ルソー



みんなから「上手いね!」と言われてしまった。ちょっと照れた。

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