中国歴史小説「知兵之将」

今、鈴元仁は歴史小説をブログで連載しています。

内容は、二千二百年前(!)の古代中国です。

始皇帝・項羽・劉邦・韓信・張良・虞美人・呂太后、、、

これらの名前にピンと来た方、あるいは、

郡県制・儒教・陰陽思想・法家思想・孫子兵法、、、

こういったことどもにちょっと興味をそそられる方、

よろしければ読んでやってください。

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炒麺

(カテゴリ:"C"級グルメ道

かきソースを効かせた、中華風の炒麺。あり合わせの素材で作ってみた。

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台北に数多くある格安料理店で炒麺を食べたら、どうもいつも食べている麺と食感が違う。店の張り紙を見ると、どうやら「米條」すなわち米の麺であるようだ。ひょっとしたら米粉と小麦粉の混合麺なのかもしれない。漢人は二千年前から穀物の粉を麺にする料理法になじんでいたから、彼らが揚子江以南の米作地帯に行って米を知ったときに、これ幸いと粉にして米の麺を作った風景がすぐに想像できる。つまり台湾のような米の麺の文化は、まぎれもなく北方から南下してきた漢人の文化が作り出したものだ。ところが日本人は米を粒のまま食べるのが基本であって、粉にして成形するのはお菓子のような副食的意味合いしかない。おそらくはるか昔の春秋戦国時代に揚子江沿岸で栄えた楚、呉、越といった諸国の民は、現代日本人と同じように米を粒で食べていたに違いない。そのような人々の文化が歴史のどこかで衰退してしまい、空隙に北方の漢人が入ってきた。彼らは米という穀物を北方の麦などと同様の流儀で扱ったので、しぜんと米の麺がさかんに作られるようになったのではないだろうか。いにしえの楚、呉、越といった国の文化は、もはや歴史の経過で断絶してしまっているのではないだろうか?


(以下は、一人前の分量)

やきそば 1玉
キャベツ 2~3枚
にんじん 5cm
玉ねぎ 1/4個
豚もも肉 手の平サイズ小
下味:こしょう・しょうゆ少々
しょうゆ大さじ1、酒大さじ1、かきソース小さじ1、塩小さじ1以下、こしょう少々、中華だしの素一振り、水大さじ2、ごま油少々
前準備として、にんじんと玉ねぎは千切りに、キャベツは乱切りに、肉は細切りにして下味をまぶしておく。焼きそばはザルにあけて水を流してほぐしておく。調味料をあらかじめ混ぜ合わせておく。湯を沸かしておく。



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湯をフライパンに張って、キャベツをサッとゆがく。火が通りにくい素材は、あらかじめやわらかくしておく。


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フライパンをよく熱して、サラダ油をひく。よく熱さないと肉がくっつく。わずかに煙が出始めるくらいが丁度よい。ただし熱しすぎると油を入れたとき火がつきます。途中でよそ見したりテレビ見たりしないように、くれぐれも注意!肉を入れて色が変わったら、にんじん、玉ねぎの順に入れる。


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キャベツ、焼きそばを入れて火を通し、調味料を加えてあおる。フライパンに油を入れてから1分で完成させるつもりで、一気に仕上げましょう。


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応用篇として、あんかけ焼きそばも簡単に作れます。それはまた別の機会に、、、

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