中国歴史小説「知兵之将」

今、鈴元仁は歴史小説をブログで連載しています。

内容は、二千二百年前(!)の古代中国です。

始皇帝・項羽・劉邦・韓信・張良・虞美人・呂太后、、、

これらの名前にピンと来た方、あるいは、

郡県制・儒教・陰陽思想・法家思想・孫子兵法、、、

こういったことどもにちょっと興味をそそられる方、

よろしければ読んでやってください。

もしお気に入れば、ついでにランキング投票も。

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台北四十八時間 06/06/29PM03:30

(カテゴリ:台北四十八時間

いやな嗅覚だわ。



かくして、うれしい意味で孔廟に長居してしまった。すでに日は西日の陽射しに近づいていて、外の通りは相も変わらず強烈に暑い。だが気力が回復していたので、ホテルに戻る前に、ついでに近くの大龍峒保安宮(ダーロンドンバオアンゴン)を回っておくことにした。

ところでこの大龍峒保安宮や孔廟がある近辺の通りには、哈密街(ハミ。東トルキスタンの都市)、酒泉街(甘粛省の都市)、庫倫街(クーロン。モンゴルの首都ウランバートルの旧名)とこれまたずいぶんロマンチックな名前が付けられている。どうも地図を見て思うのだが、この台北市街西北にある大同区の通りには、単純に中国の西北方面の都市名が付けられているのではないだろうか。そうやって改めて考えてみると、市街西南にある萬華区の通りの名前は桂林、広州、昆明と中国西南地方の地名になっている。市街東北の中山区には吉林、長春、撫順の名があるし、市街東南の中正区には紹興、抗州、徐州、福州、済南と、中国東部~東南部の名前をつけた通りがある。国民党は、この臨時首都の台北を名前だけでもミニ中国にしたかったのであろうか。

台湾建築美の一好例。

華麗な境内は、アルハンブラ宮殿のようだ。

目にも鮮やか、華麗そのものの道教寺院である。道教寺院の習いとして極度に派手なのだが、細部まで入念に細工がこしらえられていて、全体として不思議と繊細な印象を受ける。好き嫌いは別れるとしても、上等の料理であることはわかるようなものだ。

保生大帝とは、福建省出身の実在の人物を指す。呉夲(979 - 1036)という、もはやどう読んでよいのかわからないような名を持った人で、薬を作ったり針灸の術を行なったりして、人民に信頼されていたという。彼が死んだのも、山に薬草を採りに行って誤って足をすべらせたことが原因だった。後世医術の神さまとして信仰が興り、朝廷からも号を追贈されてついに「保生大帝」となった。この大龍峒保安宮は、乾隆七年(1742)に福建省泉州の同安人移民が郷里から分祀して始まったものだという。大龍峒の地に同安人の数が増えるにつれてお宮の規模も大きくなり、ついに現在の壮麗な伽藍となった。「頂下郊拼」で敗れて艋舺(萬華)から追い出された同安人の集団が当初この大龍峒の同郷人を頼って落ち延びたのは、前にも書いた。しかこの地で受け入れられず、結局彼らは少し南に下って大稻埕を建設したのも、すでに書いたとおりである。大稻埕の同安人たちが心のよりどころとしたのは霞海城隍廟であったが、こちらの大龍峒の同安人たちの神は、この保安宮であった。


壮麗な後殿。神農。古書では牛頭人身と書かれているが、この像は人間っぽい。
孔子さま。関羽。台湾でも人気。
後殿には、保生大帝の配神(脇座の神)の一人として、いにしえの三皇の一人の神農(しんのう)が祀られている。神農は人間に農業と薬草の見分け方を教えた王であったから、保生大帝の配神として合祀されているのであろう。その両隣には、孔子さまと関羽までがいる。


廟の壁には、色々と絵が描いてある。その故事を知っていれば、十倍楽しいたぐいの作品たちである。さて、下の絵はそれぞれ中国史のいつの時代の何の故事を描いたものであろうか?答えは、ポインタを写真に当てると飛び出てきます。

秦・韓信の股くぐり

南北朝・木蘭(ムーラン)の出陣

三国・曹操を罵る徐庶の母


さて、保安宮も見たし、そろそろホテルに帰るとしよう。上着とシャツは二度目に吹き出た汗で、まとわりつくほどになってしまっている。一旦休息しないと、体力が続きそうにない。

圓山から西門に帰る途中の店で、台湾名物の生フルーツジュースを飲んだ。フルーツをざくざくと切ってミキサーに入れ、クラッシュアイスとシロップを入れて、つぶす。マンゴーなどのミックスフルーツジュースを頼んだが、うまい!朝から飲まず食わずでいた体に、しみ通る。元気もいっぺんに回復した。フルーツは、体をリフレッシュさせる基本ですな。

ところがその後、ついでに何か少し腹に詰め込んでおこうかと思って入った店は、私に逆方向のショックを与えた。そこには「咖理飯」(正しい字がないので「理」で代用。正しくは口へんが付く)という店頭のメニューに引き寄せられて入ったのであるが。出てきた食品の黄色いスープをスプーンですくって、飯にかけて食べた。

日本語の「カレー」ではなかった。

信じられん。これは「カレー」ではない。色がついているだけだ。何の味も入っていない。中に転がっているジャガイモと人参は、単に水で煮ているだけだ。味が全くしない。一口すくって、それ以上もう食べられなかった。白いご飯だけ食べて、出た。今出てきた食品は、さっきの孔廟の牛の血の話ではないが「色水」としか言いようのない代物であった。

まさかこれだけ日本文化がメディアで紹介されて、日本食も深く食い込んでいる台湾で、肝心かなめのカレーではないものにぶち当ってしまった。この店がまずかったとか言う、そんな次元の話ではない。カレーというもはや日本の文化の一つの重要なサブジャンルとでも言うべき食品に対して理解がされていないから、おそらくあのような食品が営業として通ってしまうのだ。日本の漫画を読んでみなさい、カレーの出てこない作品を探す方が難しい。日本の深夜番組を見てごらんなさい。よくもまあ飽きもせずに、うまいカレーの作り方を特集する番組が繰り返し放送されるものだ。そのような、たいていの日本人が当たり前にうまい料理の一つとして認めている食品が、実は普遍性がない味だったのであろうか。そう言えばこの地のコンビニに入っても、インスタントラーメンは棚の一角を占めるほどあるのに、レトルトカレーをこの旅行でとうとう見つけることができなかった。少なくとも今の時点において、台湾では日本漫画でひんぱんに出てくるカレーという食品が、どうやら見過して読まれているのかもしれない。地下鉄に乗りながらそんなことを考えてしまった。

人が言うには、私は旅行の行く先々で「まずいもの」を見つける嗅覚に優れているという。今回の旅行でも見事にぶち当たってしまったようだ。


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