中国歴史小説「知兵之将」

今、鈴元仁は歴史小説をブログで連載しています。

内容は、二千二百年前(!)の古代中国です。

始皇帝・項羽・劉邦・韓信・張良・虞美人・呂太后、、、

これらの名前にピンと来た方、あるいは、

郡県制・儒教・陰陽思想・法家思想・孫子兵法、、、

こういったことどもにちょっと興味をそそられる方、

よろしければ読んでやってください。

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都の秋祭り - 粟田神社

(カテゴリ:半徑半里圖會

秋。稲刈りの季節は、同時に秋祭りの季節でもある。この三連休、東山では北の粟田周辺を氏子に持つ粟田神社と南の祇園界隈を氏子に持つ安井金毘羅宮が、秋祭りを行なっている。左の神輿(みこし)は安井金毘羅宮のもの、右は粟田神社のものである。

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10月8日の夜、粟田神社では大祭のハイライトである夜祭りが行なわれた。氏子が松明を灯し御幣・提灯を掲げて列を作り、夜の東山かいわいを深夜までかかって練り歩く。

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行列は三条通から脇に入って青蓮院の横を通り、知恩院の門前に着いた。そこで、知恩院側からも僧の一行が出迎えに来た。そして神仏合同で祈念が行なわれた。仏側は般若心経を読経し、神側はおごそかに祝詞を申し上げた。この行事の起源はよく知らないが、昔からのならわしなのであろうか。

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祈念の行事が終わって、松明行列の一行は東山の街に向けて進んでいった。空には秋の十六夜(いざよい)月がかかり始めていた。「いざ、宵が来た」ときに昇る月とは、何とひねりの効いた見事な名付け方ではないか。

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