中国歴史小説「知兵之将」

今、鈴元仁は歴史小説をブログで連載しています。

内容は、二千二百年前(!)の古代中国です。

始皇帝・項羽・劉邦・韓信・張良・虞美人・呂太后、、、

これらの名前にピンと来た方、あるいは、

郡県制・儒教・陰陽思想・法家思想・孫子兵法、、、

こういったことどもにちょっと興味をそそられる方、

よろしければ読んでやってください。

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梅一輪 - 建仁寺(豊川稲荷)

(カテゴリ:半徑半里圖會

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何と、早くも梅がほころび始めた。一月中旬といえば、まだ一足早く咲く蝋梅がようやく花を見せ始める季節だ。今年はやはり暖冬なのであろう。祇園・建仁寺横の豊川稲荷のお狐さまの隣にある、小さな梅の木に一輪の紅梅がほころんでいた。よく見ると、他のつぼみもすでに赤くふくらんでいる。開花はもう間もなくだろう。


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この稲荷は、もちろん愛知県の豊川稲荷の末社。建仁寺中興の祖、三江紹益(1572-1650)の父母が豊川稲荷を篤く信仰していた関係から、勧請されたものである。しかしながら、禅寺にお狐さまとは、いかに?― 実は、当の豊川稲荷もまた、その正体は禅寺なのである。愛知県の豊川稲荷は、その正式名称を円福山妙厳(みょうごん)寺という。れっきとした禅の曹洞宗の寺である。この建仁寺は同じ禅でも臨済宗であるが、建仁寺は曹洞宗の開祖、道元が若き頃入門した寺でもあって、ゆかりが深い。よって門前のお狐さまの正体は、仏教の荼枳尼(だきに)天である。女性原理を象徴する放縦淫乱の神であるが、正しい修法によって祈れば霊験あらたかな功能を示してくれる。仏教の神だから、寺で祀られていてもいいのだ。なんだ、そうだったのか。


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とはいうものの、「仏を殺し祖師を殺す」(臨済宗の開祖、臨済和尚のモットー)ことによって悟りを得ようとする自力救済の禅宗に、なんで荼枳尼天が関係あるのだろうか。その教義上の理由は、私にはさっぱりわからない。だがまあそんなことはどうでもよくて、ちょっと早めの梅一輪がお狐さまの横にちょこなんと咲いている風景は、陰鬱な冬の日に少し明るい景色でありました。


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さて、その後二月に入ってから撮ったもの(2月8日)。その後も例年にないほどの暖かさが続いて、このようにすっかり満開となった。2月上旬に十五℃を越える気温では、花も待っていられないだろう、、、

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