四条通りから東を眺めれば、通りのビルの向こうに四季を通じて美しい稜線が横たわっている。
東山三十六峰。真夏の夕暮れの雲ひとつない空と、境界を作る。こんなにも都市化されてしまった通りの背景に人口的建造物が何もない尾根が見えるなどは、ちょっとした奇跡である。私はこの稜線を四条大橋からかいま見て以来、京都という古臭いまちに愛おしさを持ってしまったようなものだ。
彼岸ごろの午後は、まだまだつるべ落としのように急いで暮れるまではいかずに、傾く西日が長く続く。ザクロの木には大きな実が成り揃って、見るからに甘酸っぱそうだ。
三条大橋から三条通り(旧東海道)を東に歩いていくと、ほどなく峠に行き当たる。京都七口の一つ、粟田口(あわたぐち)である。京都と東国を結ぶ交通の最も重要な関門であり、当然のことながら昔は関所が置かれていた。源平合戦以来、数多くの合戦の舞台ともなった。
夜の京都は洛東に限る。高台寺から東大谷近辺に縦横に通る小路には店々の明りが軒を並べて、優雅な通り抜けを楽しむことができる。北に向って知恩院下を通れば、峻厳な三門のシルエットが背後に東山を抱えて写り、月夜には特に美しい。さらに北の三条通へと続く青蓮院から粟田への道もよい。東に向って粟田神社の境内に迷い込めば、夜には不気味なほどの山の静寂さが待っている。東山界隈は、夜に拡がる光と闇の帝国だ。
三条通から北は行政区画で言えば左京区の領域となる。三条通からさらに進んで二条通を東に進んだら、南禅寺永観堂前のバス停に出る。その東には、京都の最東端のメインストリート、鹿ケ谷通が通る。南禅寺・永観堂の近辺もまた、夜の光の彩色が美しい場所だ。紅葉の季節にもなれば、あらゆる場所が名所となるであろう。
洛東の街中に隆起する神楽岡(かぐらおか)。見晴らしよい結構な小丘陵で、当然のごとく多くの寺社や歴代天皇の陵墓、それに旅館などがひしめき合っている。吉田兼好の家である卜部(うらべ)吉田家は、最高峰である吉田山を神域とする吉田神社の社務を代々努める家であった。吉田家にはもう一つ藤原吉田家があって鎌倉時代以降朝廷で重きをなしたが、この家もまた吉田山の近くに邸宅を構えたためにこの家名を名乗るようになった。
坂道の上から、見下ろす。左手に真如堂(真正極楽寺)の塔と伽藍が見える。背後には東山。真如堂は王朝時代からの歴史を持つ寺院で、この神楽岡附近で繁栄と衰微を繰り返してきた。再建されて現在の位置に建ったのは、元禄六年(1693)のことだ。元禄の昔の時代にもまた、この地点に立てば山と寺院を見ることができたのであろう。それ以降、街並みの形は時代と共にすっかり変わった。だが、過去の歴史が一掃されたわけではなくて、こうして風景の中に降り積もっている。この坂からの眺めは、京都の街ならではのひそかな絶景。
日本最初であった京都の市電は、昭和の半ばにはもう消滅してしまった。古い車輌がいくつか各地で保存されているが、その一つが御池通に面した一角に、ひょっこり保存されている。とある幼稚園の園内にあるので、じろじろ見回すのはやめたほうがいい。
ふと振り返ったとき、思わず写真に撮りたくなる風景に出くわすことがある。
これは青蓮院横の粟田小学校前で撮った、夕暮れの風景の写真である。
何ということはない、洛東の情景である。向こうに東山が見える。日本の街並みにはおなじみの、電柱と信号機がある。少し歴史を感じさせる、古い倉などが見える。道の奥の粟田神社を示す、看板がある。一応京都を感じさせる小道具が写っているが、ただそれだけである。名所など何もない。
ただ、こうやって写真を眺め直して、言えることは― この風景には、挟雑物がない。最も新手の文物は、アスファルトに電柱と信号で終わっている。昭和半ばに現れた風景から、前に進んでいない。あえて言えば、それがこの風景で非凡なところなのかもしれない。この風景には、昭和末年から日本中の街並みに無限に増殖した、プラスチックの感触がするコンビニ風色彩が侵入していないのだ。
日本人の日常風景を今や一色に塗りつぶしているのは、きっとコンビニの中のそれである。コンビニの中に入れば、最も清潔な色彩の店内が全国一律の規格で歓迎してくれる。陳列された商品は、データを集めて慎重にマーケッティングされた売れ筋商品ばかりである。それどころか地方ごとの特色や特産品ですら、きめの細かい商品管理によって地方ごとにアレンジされて店頭を飾っている。このように最も清潔で、かつ最も多様な世界がコンビニの中には展開されているのだ。この魅力に、誰が抗うことができようか。日本人の心は、今やコンビニの風景に完全に征服されている。
だが、コンビニは閉じられた世界である。閉じられた中だけで、綺麗で楽しい世界が作られている。それは、アキバ、カラオケBOX、ソープランドと同じ世界である。くしくも現代の日本が異常発達させているこれらの世界は、全て閉じられた中だけが綺麗で楽しい世界なのだ。その欠点は― 外の世界を見ないことだ。これらの世界は、一歩外に踏み出した風景と、決して調和することはない。
この洛東の一風景は、辛うじて現代日本の日常であるコンビニ=アキバ=カラオケBOX=ソープランドの風景から免れていた。だから、被写体になりえる風景であった。ただそれだけだ。このような風景が珍しくなったこの国は、何とグロテスクに進化してしまったのであろうか、と立ち止まって思う。
東日本に台風が近づく2007年9月6日、夕暮れの東山に虹がかかった。
虹は、はっきり見える主虹と、その外にできる副虹がある。この日は、副虹もこのようにきれいに東山連山の彼方に掛かるのを、見ることができた。きわめて珍しいことだ。
夕暮れの東山に、虹が落ちる。カメラを遠くにすれば、主虹と副虹の間が周囲よりも暗くなる現象が、はっきりと写っている。
虹が落ちる先にあるのは、清水寺だ。
山水寺社はいつ訪れても待っていてくれるけれども、天地気象が作り出すこのような瞬間を見ることができるのは、生涯にもそうそうあることではない。土地に住んでいても、一生見ることができずに終わる人もいるかもしれない。たまたまこの時私を外にいさせてくれたことを、天に感謝したい気分だ。
思わず口ずさむのは、、、
♪きーみーとぼーくは、いつでも、こーこーであっているのーさー、、、
― 虹の都?
やめんかい!ひねりがなさすぎるで、、、