紅葉 アーカイブ

焦がれ始めて - 南禅寺 --->2006年10月09日

静かに、散る - 八坂鳥居 --->2006年10月18日

R/G/B - 何有荘 --->2006年10月25日

まずは黄色から - 頂妙寺 --->2006年10月30日

天が下には - 東大谷 --->2006年11月03日

冬近し - 京都美術館前 --->2006年11月07日

路地の紅道 - 金地院 --->2006年11月12日

斜陽のにぎわい - 円山公園 --->2006年11月13日

わずかの間に - 長楽寺 --->2006年11月21日

この流れよりも速く - 琵琶湖疏水 --->2006年11月21日

名所となることは - 真如堂 --->2006年11月22日

かのも色こき - 粟田神社 --->2006年11月23日

造化と人力 - 知恩院 --->2006年11月23日

昔のままに - 京都御所 --->2006年11月24日

Ein schoener Kindergarten - 永観堂 --->2006年11月24日

散る日本 - 高台寺山門 --->2006年11月28日



2006年10月09日

焦がれ始めて - 南禅寺

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今年は、秋の深まりが早い。各所のカエデの葉は、わずかに色づき始めている。言わずと知れた紅葉の名所、南禅寺の木々もまた。木の高い所から、色が変わっていく。秋の空に焦がされているようだ。だが逆にこれから空気が冷えていくごとに、紅味が増していく。



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これから半月もすれば、この南禅寺の山門前もすばらしい景色となるであろう。自然が作る紅化粧は、美しい。だが人間の起こした軍火で焼き焦がされるのはごめんだ。この国もそうであるし、相手の国だってそのはずではないか。

2006年10月18日

静かに、散る - 八坂鳥居

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さくらさへ紅葉しにけり鹿の声(明和八年九月三日)

蕪村のこの句が詠まれた旧暦九月三日は、新暦ならば十月十日ごろに当たるようだ。秋になれば、桜の木すら紅葉するのをあえて面白がった句だ。下の句には紅葉につきものの「鹿の声」を置いて作った非常に構成的な臭みのある句で、この句が詠まれたときに「鹿の声」が本当に聞こえたかどうかなどを詮索することすら、愚かというものだ。


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2006年10月25日

R/G/B - 何有荘

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南禅寺の寺域にある明治時代創設の広壮な庭園何有荘は、紅葉の大名所。近年非公開の状態が続いているが、今年は公開するのかどうかまだ判然としない。まだまだ赤一色に色づく季節ではないが、庭先からのぞくその一本がすでに見事に色づいていた。

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一本の木だけが先駆ける赤色の葉の背景に、まだまだつややかさを残した木立の緑色が、秋のやわらかな光に照らされている。その後ろには、全ての憂いを溶かし去るかのように爽やかな青い空があった。シーズンには少し早い時季のこのような情景もまた、得がたいものではないか。紅葉(もみじ)は盛りに、月はくまなきのみを見るものかは。

2006年10月30日

まずは黄色から - 頂妙寺

次第に紅葉のシーズンも近づいているが、一足先にイチョウは黄葉した。川端二条の頂妙寺の境内にて。遠くから眺めても、黄色く染まった高木がよく目立っていた。

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2006年11月03日

天が下には - 東大谷

連日、秋の好天が続く。気温は平年よりやや高めで、各地のカエデの色付きは遅々としている。しかし東山の東大谷(大谷祖廟)のイチョウは、もう黄色くなっていた。

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花は自然の美をもって人間の所業の至らなさを包み飾ってくれるし、雪は地上の醜さを一切合財白く染め抜いて隠してくれる。だが雲一つない蒼天の下では、何一つごまかしようがない。美を美として、醜を醜としてはっきりと分別する。こんな秋空の下で被写体にならないような人工物ならば、それはおそらく地上にないほうがよいガラクタであろう。少なくともここの景色は、そう悪くない。

2006年11月07日

冬近し - 京都美術館前

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今日は立冬。東日本では大風が吹いて、京都でも昼間にも関わらず一気に冷え込んだ。一時的な寒さだとは思うが、暦にぴたりと会った肌寒い秋空の日であった。京都美術館前の街路樹は急速に色づいて、後は枯葉を散らすばかりだ。



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晩秋の午後は、光と影が濃い。この平安神宮や京都市美術館・国立近代美術館が集まる岡崎かいわいは、京都市中でも珍しく西洋的なすっきりとした街区と、敷地にゆとりを持った建築で占められている。


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元は院政時代に「六勝寺」(ろくしょうじ)という上皇たちが建立した私的な大寺院が集まっていたところである。摂関政治が地方の豪族の台頭の前にゆらいだ時期に、パワーバランスの空隙を突いて一時的にこの国の皇帝が実権を握った時代であった。皇帝たちはついにこの国の主権者であることを再び思い出して、それにふさわしい専横を振るう快楽を取り戻した。そんな時代に建てられた、ささやかなぜいたくによる寺院だった。だが、日本は大陸中国とは違って、そのような権力のあり方は長く許されなかった。結局、それらの寺院は誰も復興する者も現れずに全て廃絶した。そこが明治時代になって、計画的に造営がなされた地区である。ここからも東山の穏やかな山並みが、よく見える。

2006年11月12日

路地の紅道 - 金地院

夜の気温は一〇℃を下回り、ようやく朝の空気は「寒い」と形容するに値するところまで下がるようになった。広大な南禅寺境内の紅葉も今朝はところどころ色づいている。一番の見ごろまで、もうすぐだ。


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境内前の西正面から南に向って歩けば、金地院(こんちいん)前の道を通ることになる。南禅寺の一塔頭(たっちゅう。脇寺)であるが、独立した構えを見せる堂々とした大寺である。道はこのまま三条通につながっている。



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道の脇に、山のふもとの墓地に続いている路地がある。塀の向こうから一本の紅葉がのぞいていた。


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路地の入口に据え付けられてある石柱によれば、奥に長谷川玉峰(はせがわぎょくほう)の墓があるという。長谷川玉峰。文政五年(1822)~明治十二年(1879)。呉春(ごしゅん)に始まる「四条派」の画人の一人で、呉春の異母弟である松村景文(まつむらけいぶん、安永八[1779]~天保十四[1843])に学んだ、、、しかし、日本画を見る目があまりない私であって、この人物のことは今調べてみるまで知らなかった。


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2006年11月13日

斜陽のにぎわい - 円山公園

桜の季節には大にぎわいの円山公園も、枯れ木の頃は素通りされる。大枝垂桜は半ば以上葉を落として、烏が止まり木として役立てる以外は誰も見向きもしない。この桜は昭和に一度枯れたことがあって、今は二代目だ。来年無事に花を咲かせることができるだろうか?

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公園のすぐ隣に長楽寺があって紅葉の名所であるが、まだ早い。しかし園内の池に植えられたささやかな紅葉は色づいていた。冬の羽毛に着替えた鴨のつがいが、そちこちに泳ぎ回っている。今年の冬は、この公園にも雪が積もるだろうか?


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2006年11月21日

わずかの間に - 長楽寺

週末の雨が、木々にショックを与えたのであろうか。今週に入ると、京都は山も街中もそちらこちらで一気に紅葉が進んでいた。比叡山はすっかり色変わりしていた。その麓の東山連山ですら、先週にはなかったはずのくすんだ黄色や赤色をにじませるようになっていた。東山界隈では、八坂神社の境内も、高台寺かいわいも、紅葉の色合いを強く帯びる街景色となっていた。

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円山公園と東大谷に挟まれた長楽寺の紅葉も、わずかの間に見ごろとなっていた。先週の今頃はまだ全然色づいていなかったにもかかわらず。京都の晩秋は、今から華やかとなる。

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この流れよりも速く - 琵琶湖疏水

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琵琶湖疏水は、比叡山脈をトンネルでくぐり抜けた後、山科盆地でいったん地上に出る。天智天皇陵の北辺をかすめて、盆地の山すそを通る。そして再び粟田口の坂に至ってトンネルをもぐり、蹴上の浄水場前に湧き出して、京都盆地に水と電力を供給することとなる。言うまでもなく、明治時代に京都府の総力を挙げて行なわれた一大近代化事業であった。開通当時は蹴上に残るインクラインが象徴しているように、水運のためにも利用されていた。むしろ当初は水運を主要な目的として企画されたのであったが、やがて時代が進み鉄道の利便が発達するにつれて、内陸の水運交通はアナクロになっていった。昭和初年には、もはや若干の観光船が通る程度となっていたのである。現在は、特別な催し物のため以外には、舟が通ることもない。

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2006年11月22日

名所となることは - 真如堂

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神楽岡の真ん中にある、真如堂(真正極楽寺)。京都の紅葉の名所として、最近急速に名が知られている。交通不便な立地であるが、平日だというのに観光客で大変なにぎわいであった。

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2006年11月23日

かのも色こき - 粟田神社

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三条通(旧東街道)に面した、小さな粟田神社。東海道が東からの唯一の京都への入り口であった時期には、京参りの旅行者たちの多くがここにとりあえず参詣したことだろう。東山山麓の小高い丘の上にあるこの神社の境内もまた、そちらこちらが秋の紅葉で彩られていた。


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このもよりかのも色こき紅葉哉(天明二・九・十五)


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『蕪村遺稿』の中の一句。王朝時代の和歌からの連想を用いた、蕪村の文芸趣味の句の一つである。「このもかのも」は古語で、「こちらもあちらも」という意味。

造化と人力 - 知恩院

木々や花々が時を得て色鮮やかに着飾るときには、人間の作った凡庸な街並みですら、美しく見せることができる。それほど造化の力は偉大である。人間の創造力がそれに何かを付け加えるのは、容易なことではない。


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京都の人工の建築物の中で随一、いや唯一「偉大」と形容してもよいと思われる知恩院三門。その壮麗な門に続く道が、黄金色に彩られていた。晩秋の木々は、そこにそれがあるだけで美しい。しかし知恩院三門の美は、別に自然の装飾を借りる必要がない。だから両者が揃うことは、余計である。余計であるが、この両者の組合せは一年の中で限られた期間しか見ることができない。そのわずかの時間が、プライスレスな貴重さを持っている。


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2006年11月24日

昔のままに - 京都御所

晩秋。梅・桃・桜の園で春に華やかとなる京都御所であるが、秋にもまた園内のそちこちで木々の葉が色づく風景を見せている。だが名所というまで集中しておらず、広大な敷地の中に点在している。しかしそれが観光客を呼び込むこともなく、閑静な秋の日の風景を形作っている。


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Ein schoener Kindergarten - 永観堂

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洛東のどんづまり、哲学の小径(こみち)から鹿ケ谷通にかけての紅葉スポットは、今や大した人だかりだ。週末はもっと大変なにぎわいになるだろう。



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これは、永観堂幼稚園の門。何と風格のある入り口だろう。これほど絵になる幼稚園の門も、日本中にそう大してありはしないだろう。

実は、これは紅葉の大名所である永観堂(正式名称:禅林寺)の南門なのだ。境内に幼稚園があるというわけ。

2006年11月28日

散る日本 - 高台寺山門

高台寺の境内は、少し外れにあるこの山門から始まって、背後に広大に広がっている。現在は境内に店屋などが並んでいて実感できなくなっているが、実は東山屈指の巨刹である。天下人・秀吉の正室北政所が隠居した寺だけのことはある。


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高台寺山門の前は、すでに落葉で敷き詰められていた。京都の紅葉の季節も、もはや盛りを過ぎようとしている。春に散る桜を楽しみ、秋に落葉を愛おしむ。日本人はつくづく散る景色が好きな民族なのだろう。見かけはひょろりと頼りないが、夏を過ぎてもなかなか散らない槿(むくげ)の花は、韓国の国花である。春夏秋冬の季節を問わず繰り返し咲くことのできる薔薇の花は、イギリスの国花である。いずれも散る景色を喜ぶ花ではない。一年のうちに二度もセンチメンタルな季節を経験する日本の民が、何につけても情緒過剰になってしまうのも、致し方ないことだ。