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三条通(旧東街道)に面した、小さな粟田神社。東海道が東からの唯一の京都への入り口であった時期には、京参りの旅行者たちの多くがここにとりあえず参詣したことだろう。東山山麓の小高い丘の上にあるこの神社の境内もまた、そちらこちらが秋の紅葉で彩られていた。
このもよりかのも色こき紅葉哉(天明二・九・十五)
『蕪村遺稿』の中の一句。王朝時代の和歌からの連想を用いた、蕪村の文芸趣味の句の一つである。「このもかのも」は古語で、「こちらもあちらも」という意味。
日時: 2006年11月23日 12:46 |