生きていることの意味は、たぶん最も古い哲学的問いである。つまり、、、『生きていることの意味とは何だ?』 What is the meaning of life? と言えば、人によって様々なことを意味するだろう。この問いのあいまいさは、『意味』 meaning という言葉じたいが孕んでいるものだ。それは、多くの考え方に対する質問として開かれている。たとえば、『生きとし生けるものの起源とは何だ?』『生きていることの本質とは何だ?(そして私たちが生きている宇宙の本質とは何だ?)』『生きていることとは何が尊いのか?』『生きていることにおいて、何が価値あることなのか?』『生きていることの目的とは、または人が生きていることにおける目的とは何か?』など。これらの質問は、結局科学的な理論から、哲学的・神学的・精神的な解釈まで、様々な相対立する回答と議論を導くことになる。
いきなり訳に困ってしまった。"life"(フランス語でvie、ドイツ語でLeben、ラテン語でvita、イタリア語でもvita、ロシア語でжизнь)とは日本語で「生命」と「人生」と「生活」の三つの意味を同時に含む語だ。特にキリスト教においては、万物が神の被造物であるという前提において、ことごとく神から与えられた神聖な「何ものか」という相で"life"が観念されている。だから生きていることじたいが神聖なのであって、「生命」も「人生」も「生活」も等しくポジティヴに捉えられている。ところが中国文明圏の北東アジアでは、そうでない。「人生」とは人が一念発起して打ちたてる求道的な意味合いがあって、誰でもできる「生活」とは次元が違う。そして尊いのは努力して目指す「人生」の理念であって、ただ生きているだけの「生命」そのものを高く評価するという発想に乏しい。そのような、北東アジア諸語に訳しにくい言葉であるから、ここではあえて「生きていること」といったなるたけ中立的な言葉を訳に使ってみた。
よくある信念『生きていることの意味とは何だ?』というのは、生きている間に多くの人がいつかは自問する問いである。それはたいてい、『生きていることの目的とは何だ?』という文脈で問われる。以下に、この厄介な問いに対する、無数のありうる回答の中からいくつかを挙げてみる。
生き残り、または一時的な成功にまつわる答え
- 富を積んで、社会的地位を高めること。
- 他人と競争し、または協力すること。
- あなたに害を加えようとする他人を倒すこと、または非暴力・無抵抗を貫くこと。
- あなたの目的を達成するために死ぬこと。
- 生きていること。
- 家族を守ること。
- 権力を得て、行使すること。
- 芸術作品や本など、後世への遺産を残すこと。
- 性的あるいは無性的な再生産によって、子孫を残すこと。
- 身体の、心の、あるいは金銭的な自由を求めること。
- 幸福と繁栄を求め、快楽を体験し、浮かれ楽しむこと。
- 生き続けること。科学的手段を用いて不死を求めることも含む。
知恵や知見を含んだ答え
- 一切問わないこと、または問いつづけること。
- 私たちのフロンティアを探検し、乗り越えていくこと。
- 自分と他人の過ちから学ぶこと。
- 真理、知識、理解、知恵を求めること。
- 生きることの意味を発見し、理解しようと試みること。
- 自分自身の、この世界への知見を大きくすること。
- 神の創造を理解すること。
倫理的な答え
- 共感の心を表現すること。
- お互いに平和に生きること、あるいは自然環境と調和的に生きること。
- 愛を与え、受け取ること。
- 徳(virtue)を求めて獲得し、徳のある生き方をすること。
- 他人に奉仕し、あるいはよい行いをすること。
- 正義とデモクラシーのために働くこと。
- 自分自身にも、自分のまわりの環境にも危害を加えずに生きること。
宗教的、精神的、美的な答え
- 不死への信仰、真理への目覚め、救世主による罪の許し(以上原文はimmortality,enlightment,and atonement)を字義通り、または比喩的なレベルで感得することによって、恐怖を常に一定の範囲喜びに変えること。
- 自然の範囲内で、超自然的なつながりを感得すること。
- 真理への目覚めを感得して、心の中に平静を得ること。
- 神のようになること、あるいは神に似たふるまいをすること。
- この世の全てをひっくるんだ存在(つまり、神)の意識を拡大するために、無限の数の視点から存在を体験すること。
- 『黄金律』(Golden Rule、「何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ」の教え)に従うこと。
- 宇宙に対して、自らが消費する分を乗り越えて、あるいはさらに積み増して、有益なものごと(structure)を作り出すこと。
- 来世で天国に行くこと。
- 『神のみ言葉』を理解して従うこと。
- 神を崇め、奉仕し、一体感を感得すること。
- 浄土(Pure Land)に生まれ変わること。
- あなたの行いが報われること。
その他の答え
- 人間の自然的進化を達成すること、または人類の遺伝子プールに貢献すること。
- テクノロジーの進歩を達成すること、または未来の人間を自らの手で前進させること。
- 個人的な意義をさしおいて、集団的な意義に貢献すること
- 死ぬこと、殉教者になること。
- 人が生きていく経験の質や、あるいは生きていること全体の質をきっと高めるであろう、ある「理由」を見つけ出すこと。
- 生きて、時の移ろいを楽しむこと。
- 楽しむこと。
- 順応して生きることを、悲惨とみなして生きること。
- 人間を守ること、もっと広げて環境を守ること。
- 夢、ビジョン、運命を追求すること。
- 他人と連絡し、関係し、団結をつくること。
- 美を求めること。
- 単に死ぬまで生きること(何の宇宙的・天上的な目的もなく)。
- この宇宙の創造からあるであろう終末までを貫く一連の出来事の連なりに参加すること。これが自由意志でできるのか予定されているのかについては、哲学者たちの間で広く議論されているテーマである。
- 人が直面する全ての問題を解決すること。あるいはそれらを無視して、問題なしにずっと生きつづけること。あるいは自分自身を直面するあらゆる問題から引き離すこと。(仏教を参照)
- 生きることには固有の意味など無いように、個々人にとって『生きることの意味』とは各人がそうだと決めることなのだ。この意味で、ここまでに挙げたものは全て正しい可能性を含んでいる。
- ここまでに挙げた全ての、組合せである。
- だがそれでも、全く目的などないとすら考える人もいる(ニヒリズムを参照)。
目的などない。ゆえに、、、
- 出来事の連なりにすぎない。
- 自然が成り行きに従っているにすぎない。
- 時計の針が回っているにすぎない。
- 生まれてから死ぬまでの期間だ。
- あなたが見るもの全てが、その全てだ。
- にっこり笑って、こう言う、、、だまっとけ!
- そもそも『生きることの意味は何か?』という問いへの答えというものは、『生きることの意味は何か?』という問いを発することができる能力があるから出てくるにすぎないものだ。
- 意味なんかないね。
本文はここから、『生きていることの意味』の科学的アプローチからの視点、非神学的視点(実存主義、ヒューマニスト、二ヒリズム、実証主義、、、)、神学的視点、精神的・神秘的視点、そしてユーモア・ポピュラーカルチャーでの取り扱い(かのモンティパイソンの映画"Monty Python's Tne Meaning of Life"からの引用もしっかり書かれている)について、長大な記事が続いていく。全文は圧巻で、力の入ったWIKI記事だ。しかしこれ以上訳すのはやめにします。ただ一点だけ、ユーモアによる取り扱いの最後として、このような話が書かれている。
有名なフレーズとして、「生きることの意味とは、『生きること』だ(The meaning of life is 'to live'.)。辞書にそう書いてある」というものがある。これはユーモラスな意味合いを持っていると共に、もっとシリアスな意味合いも持っている。つまり、その答えとは、「道筋を楽しむこと」(to enjoy the ride)ということなのだ。