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毛球寶兒07/06/06

(カテゴリ:毛球寶兒

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Lin_Wang_and_Sun.jpg


林旺爺爺(リンワンイェイェ、意味は「林旺じいさん」)とは、波乱万丈の生涯を辿った、その生涯そのものが台湾史を象徴する老象であった。以下、英語版WIKIと中文版WIKIを参考にしながら、記事を紹介したい。


林旺(1917 - 2003.2.26)は、日中戦争時代に中國遠征軍(後述)のために働き、後に国民党勢力と共に台湾に移された、有名な象であった。林旺は、その生涯の大部分を台湾市立動物園で過ごし、疑いもなく台湾で最も人気のある動物であった。多くの大人や子供たちは、この勇猛な象のことを親しみを込めて「林旺爺爺」と呼んでいた。


1941年に日本が真珠湾を攻撃した後、37年から続いていた日中戦争はより大規模な太平洋戦争へと発展した。日本は、英国植民地のビルマ攻撃のために、進撃した。蒋介石総統は、中國遠征軍を孫立人将軍の指揮下に結成させて、ビルマ戦線での戦闘に従事させた。1943年にあった日本軍設営地での戦闘において、林旺は他の十二頭の象たちと共に、中国軍に接収された。これらの象たちは、日本軍によって物資の運搬と大砲の部品の牽引のために用いられていたのであった。連合軍もまた、これらの象たちを同様の仕事のために使用した。この時点において、林旺は「阿美」(アーメィ)という名前が付けられていた。


1945年、中國遠征軍は中国に召喚された。象たちは乗り手に伴われてビルマロードを通って行進していったが、六頭がその困難な道程で命を落とした。彼らが広東省に着いたとき、戦争は終結した。だが、象たちの軍隊での役務はこれで終わったわけではなかった。彼らは抗戰烈士紀念碑の建設に使役され、さらに1946年には馬戯団(サーカス)に加わって演戯をした。これは、湖南省での飢饉救援のための募金活動として行なわれたものであった。後に、うち四匹がそれぞれ北京、上海、南京、長沙の動物園に移送された。残った三匹の中に林旺が含まれていたが、彼らは、広州の公園に移された。


1947年、孫立人は台湾に派遣され、新しい部隊を訓練することとなった。彼は、三匹の象を共に連れて行った。しかし、一匹は病気で、台湾海峡を渡る船旅の途中で死んだ。残った二匹の象は、高雄の鳳山の軍事基地の周辺において、木材の運搬などの単純作業のために使役された。1951年、さらに一匹の象が死んだ。林旺は、ビルマ時代の十三匹の象の中で、唯一の生き残りとなった。


1952年、孫立人は林旺を圓山の台北市立動物園に寄贈することを決めた。この動物園において、林旺は彼の生涯の連れ添いの馬蘭(マァラン)と会うことになった。この頃林旺はいまだに「阿美」と呼ばれていたが、動物園側はこの名前は女性的すぎると考えた。そこで、彼の名前は「森林之王」の意を略して、「林王」(Lín Wáng)と改められることとなった。しかしながら、ある記者が彼の名前を聞き間違えて、その名前を林旺(Lín Wàng、すなわち声調が「林王」と違っている)として刊行してしまった。この名前は、結局定着することとなった。


林旺は、台湾で最も有名で人気のある動物となった。1983年には、動物園は初めて彼の六十六歳の誕生会を挙行した。それ以来、彼の誕生日は動物園において毎年十月の最終日曜日に祝われることとなり、多くの観衆が訪れるようになった。その中には、歴代の台北市長もいた。1986年、動物園は圓山から木柵に移動することとなった。このとき多数の台北市民たちが、通りに集まって動物たちが移動するのを見物した。とりわけ、林旺の「搬家」(バンジャ、引越し)は見ものであった。


2003年の初頭、林旺は左の後足に関節炎を患った。彼は食欲を失い始め、他の症状も併発することとなった。彼の容態は急速に悪化し、2月26日に、林旺は死んだ。


彼の追悼式は数週間続き、数多くの人が訪れて林旺のために花とカードを添えた。林旺は死後に台北市長の馬英九より台北市栄誉市民の称号を贈られた。陳水扁総統は、「給我們永遠的朋友,林旺」(我らの永遠の友人へ、林旺)のカードを添えて、献花を贈った。

日本軍と国民党との間に深い因縁を持ち、激動の台湾の戦後史半世紀を生き抜いてきた象であった。享年86歳の、偉大な生涯であった。


(以下、今回の訳を日本文でお届けします、、、)


[相当気まずい、、、]


小隊長「お前は、まだなにか見たい動物あるか?」
愛莉森「象さん!わたし、象さんがいちばん大好きなんだ!ほら、ポシェットだって象さんの図柄なんだよ!」



愛莉森「うーん、、、いつもかわいいイラスト見慣れてると、本物の象とずいぶん差があるなあ、、、」
小隊長「ずいぶん長い間来てなかったけれど、、、林旺はどこにいるんだ?わかんねーな。」



じいさん「若者よ、、、林旺爺爺ならば、2003年に病気で死んだよ、、、」



じいさん「わしは、彼が年老いていくのを見続けていた、、、この老骨、まだまだ生き延びねばならんのう、、、やれやれ。」


― 親切に教えてくれたおじいさんの言葉で、デートの気分は急転直下、、、