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台北四十八時間 06/06/30PM07:30

(カテゴリ:台北四十八時間

與八仙過海 - 八仙と海を過(こ)える -



TAIPEI EYEは、中国と台湾の伝統演劇・音楽を上演する劇団である。木戸銭がちょっと高いが、金を払って観るに十分値する、ハイレベルなパフォーマンスを見せる。上演30分前から劇場前のフロアに入ることができて、そこでは役者たちがメーキングする場面も見ることができるのだ。


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彼らのレパートリーは、伝統音楽、京劇、雑劇、布袋戲にわたる。布袋戲(ポテヒ、漢語の読みではブーダイシ)とは、福建省の人形劇に由来する、台湾土着の伝統人形劇である。台語で行なわれる劇なので、戒厳令時代にはこの上演が禁止されたこともあった。そのような歴史もあったために、布袋戲は台湾人にとって自文化のシンボルともなっている。その上、(日本でも知っている人がいると思うが)『霹靂布袋戲』のような現代の新作も作られていて、熱狂的なフリークがいるのだ(『霹靂布袋戲』関係のグッズは、台湾Yahhoo!オークションの定番である)。戦後以降日本人が自分たちの伝統的な物語を愛好しなくなり、日本人が日本の伝統劇を見なくなってしまった結果として、大阪の人形浄瑠璃は演劇の生命としてほとんど死んでいる。歌舞伎と違って外国人が好んで観る要素も乏しい人形浄瑠璃は、このままでは滅んでしまう運命であろう。それに比べれば、布袋戲は生命力を脈々と保っていてうらやましい限りだ。下の写真は、おなじみ諸葛孔明の布袋戲人形。フロア―には、『三国志』『西遊記』などの布袋戲人形がいろいろと陳列されていた。

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今夜の演目は、三題。まず京劇音楽の合奏があって、次に『小放牛』という歌をメインにした小劇。小休憩を挟んで、後半は京劇『八仙過海』(バーシャングォハイ)の上演である。

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小休憩の間に、フロアーで役者たちが京劇の一部のパフォーマンスを見せた。男性役者が、京劇特有のファルセット(裏声)を出して歌う。聞くと、どうもモンゴルの歌謡と似ているような気がした。何かしらの関係があるような予感がするのであるが。




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さて、後半の演目『八仙過海』について述べよう。この劇の登場人物である「八仙」とは、中国歴代の八人の高名な神仙たちのことである。道教において、唐代から宋代にかけて徐々に彼らへの信仰が発展した。後の明朝において呉元泰が著した『八仙出處東遊記』が、この京劇の元ネタであると考えられている。

上の写真は、大龍峒保安宮の正殿回廊に描かれている『八仙過海』の図である。上の図で、右半分に描かれている八人が、八仙である。彼らはそれぞれが固有の道具、「暗八仙」を携えている。すなわち、右から、


名前容姿説明暗八仙
何仙姑女性唐代の人。八仙の中の紅一点。荷花(ハスの花)
張果老老人唐代に出現した。その時すでに数百歳だったという。魚鼓(楽器)
藍采和童子唐代の人。童子の姿をしているが不老不死。花籠
鍾離權道士漢代の人。八仙最長老で、形式的なリーダー。芭蕉扇
呂洞賓学者唐代の人。八仙の真のリーダーで、最も信仰される。
韓湘子風流人唐代の人。有名な文人、韓愈(韓退之)のおい。笛子(笛)
鐵拐李乞食西周の人。乗り移った肉体が不具の乞食の死体だったので、杖を持ち歩く。葫蘆(ひょうたん)
曹國舅役人北宋の人。宋皇室の外戚で、八仙で最も時代が若い。玉板


このように、老人に童子、学者に道士、乞食に役人、そして風流人に女性と貴賎老若あらん限りの姿を取っている不老不死の人たちが、八仙なのである。この超人列伝には、バランスを重んじる中国人の発想がありありと表現されているのだ。そしておそらくこの八仙が、日本の「七福神」信仰にも重要なヒントを与えたに違いない。


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『八仙過海』の筋は、八仙たちが西王母の誕生祝いに招かれた帰りに、彼らの住処である東海の神仙の島、蓬莱山に帰ろうとしたときに起ったエピソードである。リーダーの呂洞賓が、雲に乗って楽々帰るよりは自分たちの力を奮って海を渡ってやろうではないかと提案した。そこで、八人はロバに乗ったりひょうたんに乗ったりめいめいの手段を用いて、渡海を決行したのであった。しかし八仙が渡海を試みているという情報は龍宮を驚かし、東海龍王と鯉の仙女が率いる海の動物の将兵たちが、八人の行く手をはばむのであった。無敵の八人はこれは面白いと、海の神々といざ一戦交えるのであった、、、、(上の絵は、Wikipediaから引用。)


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これが、上演舞台。残念ながらフィルムが尽きてこの一枚だけだが、冒頭に八仙たちがこれから意気揚揚と渡海を行なおうとしているシーンである。右から、藍色の服の曹國舅、水色の服の藍采和、うす紫色の服の韓湘子、長いヒゲを生やした呂洞賓、後ろに隠れてしまっているが何仙姑、見るからに老人の張果老、芭蕉扇を持った鍾離權、そして赤い顔で杖を持った鐵拐李である。この中でも鍾離權を演じていた(たぶん)女性が、とてもユーモラスでチャーミングだった。パフォーマンスは武闘アクションシーンが最大の見せ場で、八仙たちと鯉の仙女や亀の兵団とが繰り広げる派手な空中演戯が見事であった。最後は、鯉の仙女がまあ許してやるわと鐵拐李のヒョウタンを返してやって、ハッピーエンドでお開き。


こんなお遊びの冒険をする八仙たちは、孔子さまや孟子大先生のような憂い顔の求道者たちとは全然違った、ゆかいな神々である。中国文化圏の人々は、どちらの道を真に信奉しているのであろうか?― 答えは、おそらく「どちらとも場合によって、人それぞれによって信奉している」というものなのであろう。それが、本質的に多神教的な彼らの考え方であるに違いない。



今夜を最後として、私も八仙たちのようにこの台湾から東海の国に帰る。この土地で思ったことは、やはり台湾は日本と同じく、多神教の世界である。だからよくも悪くも「主義や信仰のためならば命も捨てる」ような考え方は、おそらくいつのまにか足元から掘り崩されていく風土なのであろう。「千萬人といえども吾往(ゆ)かん」(『孟子』公孫丑章句上より)というような真面目な孔子・孟子の道は、色々とある信仰の道の中の一つとして、この風土の中に場を与えられているのである。まじめな人はそれを信奉してもいいし、信奉することを薦めるが、その道一色で社会が塗り固められることは、決してない。解決すべき問題に真剣に取り組むのは大事なことであるが、その特定の問題だけに社会が集中して進むべきであると凝り固まってしまうならば、政治は恐ろしい間違いを犯すであろう。日本でもこの台湾でも、そうしたがっている人々がどうやら非常に多いようだ。しかしながら、この台湾の人々の心の平凡な姿は、昨日恩主公さんに行って見たような、「夢や希望がかなえばちょっと嬉しいな」ぐらいの、穏やかな祈りに留まるのではないだろうか、、、、?



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