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Folly - フォリー(建築)

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建築において、"folly"とは巨大で、無意味で、あるいは空想的な建築のことを指すか、またはその真の中身と違った何らかの見かけをした建築を指す。
ウィンポール・フォリー ブロードウェイ・タワー

セヴァーンドルーグ城

ダンモア・パイナップル

この言葉は、こういった建築がしばしばそれらのばかばかしさと気狂いの感覚にちなんで「、、、氏の愚行("[name of architect or builder]'s Folly]")」とあだ名されるところに由来する。

Follyはふつう公園か、あるいは個人の家や大邸宅の巨大な敷地内に見られる。それらは時に意図的に、一部が廃墟となっているように見えるように作られていることもある。"Folly"は十六世紀末から十八世紀にかけて特に流行した。

澁澤龍彦のエッセイに『バベルの塔の隠遁者』というものがある。ここで取り上げられている男が、ウィリアム・ベックフォード(William Thomas Beckford, October 1, 1760 – May 2, 1844)。彼はその後半生においてフォントヒル・アベー Fonthill Abbey という個人的僧院の建築に熱中して、そこに隠遁する不気味な生活を送った。このフォントヒル・アベーが、「ベックフォードの愚行」 Beckford's Folly とあだ名されている。僧院は彼の生前にすでに崩壊を始め、現在はほとんどその原型をとどめていないという。

フォントヒル・アベー

ヨーロッパで資本主義が爆発して金の時代になった頃、大金持ちたちは過去の時代や東洋の文明からさまざまなイメージを借用して各地でファンタジックな建築を作った。それが"folly"である。同じ時代の日本は徳川時代(江戸時代)だが、日本は支配階級の武士が金を持っていなかったのでこのような後世の目から見て愉快、当時の人々から見てはた迷惑な建築は時代が安定した後は見られない。東照宮、知恩院、桂離宮のような日本の"folly"は、いずれも徳川時代初期に権力がまだわりかし露骨であった時代に建造された。

大金持ちの道楽である"folly"は十九世紀にはすたれてしまったが、イギリスなんかでは十九世紀のビジネス万能時代になると今度は工場、駅、橋などの実用建築がやたらと豪華な見かけを装うようになる。ロンドンのセント・パンクラス駅とかタワーブリッジなど、笑っちゃうぐらいに装飾過多である。ビジネス世界からも装飾が追放されて武骨一点張りとなったのは、二十世紀前半にバウハウスなどが仕掛けた大衆向け建築運動の到来からだ。

セント・パンクラス駅

さて、記事にはこのようなことも書かれている。


1845-49年のアイルランドジャガイモ飢饉 The Irish Potato Famine は、大量の"Folly"建築を生み出すこととなった。イギリスの当時の支配的な政治的風潮は「レッセ・フェ―ル(自由放任主義)」であって、福祉国家観は社会経営の適切な手法とは考えられていなかった。ゆえに、生計を必要としている人々に援助を配って回ることは悪と考えられていたのである。だが、彼らを雇って有益な事業のために働かせることは、既存の労働者の職を奪いかねない。ゆえに、「飢餓の"folly"」が大々的に建設される結果となった。それにはたとえば、どこに通じることもない道路、無目的に選んだ二点をつないだ道路、泥沼に突き出した埠頭などがある。

面白い話だが、権威ある出典からの引用が指示されていない。

かのニコラ・テスラの作った無線送電システムのための送電塔、ウォーデンクリフ・タワー Wardenclyffe Tower もまた、「テスラの百万ドル愚行」"Tesla's million-dollar folly" とあだなされたと言う。やがて哀しき夢の跡である。

ウォーデンクリフ・タワー