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鰹のたたき

(カテゴリ:"C"級グルメ道

冷酒が飲みたくなった。そこで、戻り鰹の季節だから、鰹のたたきを用意した。

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『徒然草』には、「鎌倉の海でとれる鰹という魚は、あちらの方(関東)では最近無類のものとして、もてはやしているそうだ」とある(第百十九段)。つまり、鰹は当時の京都地方ではいまだにあまり食べられない魚であったが、関東では鎌倉時代末期には愛好されるようになっていたということであろう。しかし鰹は海流に乗って日本列島沿海を上り下りする魚であって、浜の岸辺を潜って採るような幼稚な漁法ではつかまえることができない。つまり日本列島の漁民には、まちがいなく太古の時代から南方のポリネシア人らのような船を使って海に繰り出す漁法が伝わっていたに違いない。おそらく関東の漁師たちの技術は、土佐人や紀州人らの漁法が伝播したものであろう。その進出の跡を示す物的証拠といえるかもしれないが、東京都内には意外と紀州由来の熊野神社が多いのである。私が東京にいて神社に凝っていた頃に、それに気付いた。また紀州雑賀(現在の和歌山市)の姓である鈴木姓がむしろ関東で圧倒的に多いことも、紀州と関東との濃いつながりを示唆しているはずだ。おそらく彼ら漁業民の集団は、京都に住んでいた吉田兼好らの公家人たちの文化とは、長い間没交渉だったのであろう。鰹などの海の魚への日本人の愛好癖は、圧倒的に農業文化である大陸文化を輸入して形成された京都の公家文化によって染め上げられなかった、日本社会の多様性の結果であるに違いない。

さて、日本酒には多少のこだわりがある私だが、この京都は南に伏見があって間違いなく酒どころであるのだが、酒飲みをうならせる酒の肴に乏しいような気がしてならない。漬物類なども、日本酒のために作られているような気がしない。肉料理と焼酎が合うんじゃないか?と思うような厳しい酸っぱさを感じる。昔から関西は酒を造る土地ではあったが、酒を味わう食文化にはもう一つ優れたところがないようだ。西日本は西へ行けば行くほど焼酎が優勢になってきて日本酒はふるわなくなるが、四国の高知だけは別だ。あの土地は、天下の銘酒「司牡丹」を生み出した。さらにニンニクを添えた「鰹のたたき」を作り出した。酒どころであり、なおかつ魚どころでもある高知とは、四国いや西日本の中でも極めてユニークなハイブリッド文化であるといえるだろうか。



かつお(市販の調理済みのもの) 1本
薬味:長ねぎ(またはわけぎ) 適当、にんにく 1かけ、しょうが 1かけ、大根 1cm、玉ねぎ 1/3個
たれ:しょうゆ 大さじ4、酒 大さじ1、酢 大さじ1と1/3、だし 大さじ1と1/3、塩 少々

もちろん皮つきの生がつおが手に入れば、あぶって作るに越したことはない。だが、今日は手軽に市販の調理済みの品を使います。



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薬味の用意。玉ねぎは薄切りに、ねぎは小口切り、にんにくはみじん切り、しょうが・大根はすりおろす。大根は皮ごとおろして辛味を出すべし。おろした後は、水気を切っておく。


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しょうゆ・だし・酢・塩・酒を混ぜて、たれを作る。

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たれの半分をボールに入れて、中にねぎ・にんにく・しょうが・大根おろしを混ぜる。

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かつおを切ってまな板に並べ、薬味とたれをまぶして、庖丁で叩く。

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玉ねぎを皿の下に敷いて、上に薬味とたれをつけたかつおを載せる。上から、たれの残りをかける。酒は、伏見の「神聖」ブランドの酒。