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Korea!2009/02/20その一

(カテゴリ:韓国旅行記

朝、今週いつも通っている、ホテルの脇のコンビニに行って、コーヒーとパンを買う。
店内の放送に耳を傾けると、日本語であった。
韓国で日本語が聞こえるのは珍しいので、店頭で、にいさんに聞いてみた。
「日本語?」
聞けば、にいさんは日本語を、アニメを聞いて練習中だったとか。
日本語を学んでいる人は、かなりいるぞ。

069.jpg

そういうわけで、朝。
あー、本日は、何も予定していません。
もともとの予定は、大田(テジョン)から扶余(プヨ)に行って、いにしえの百済(ペッチェ)の遺跡を偲ぼうかと思ったが、はっきり言って、KTXは、もう飽きた。
前日に観た天気予報も、今日は雨模様だというし。
今日は、ゆっくりしよう。そう、思った。
それにしても、予報とは違って、今日もまたいい天気だ。
晴れ男なのですよ、私。だから、女を濡らすことが、できない。ははは。

中央洞までてれてれ歩いて、地下街に入る。
地下鉄の改札前で、高(コ)さんと、金(キム)さんというお二人のご老人が、日本人旅行者のために案内のボランティアを、やっておられた。
お二人は、もうすっかり余生を楽しんでおられるという境地であるかのように、終始ニコニコとして、私の質問にいろいろと答えてくれた。
私は、その時頭に思いついていた、質問をした。
「レンタサイクルは、ありますか?」
高さんは、答えた。
「ないんだなあ。韓国には、自転車旅行をするという考えが、まだ根付いていないんだよ。だから、自転車専用道路もないし、駐輪場もない。これから、発展させていくことに、なるのさ。」
そうか。
だから、市内でも自転車を、ほとんど見掛けないのか。
高さんは、言った。
「自転車屋に行けば、借りられるかも、しれないけれどね。だけれども、韓国の自転車は、日本のものと違って、重たい。自転車旅行は、できないよ。」
横の金さんが、口を挟む。
「できるよ。」
高さんが、撃退する。
「いや、できないね。」
金さんが、混ぜっ返す。
「そんなこと、あるかよ。できるよ。」
私は、お二人のやりとりを横で見ながら、愉快になった。この国の人々は、人との付き合いを、実に楽しんでいる。
高さんが他の観光客と応対している間、少しの時間金さんと私だけになった。
金さんは、私に椅子を薦めて座らせて、私に言った。
「僕は、大阪に住んでいた。だから、言葉が大阪弁だろ?」
言われてみれば、確かにイントネーションが、大阪弁であった。
私は喜んで、大阪弁に切り替えて、言った。
「いやー、そやね。その通りですわ。」
金さんは、もう36年間も、独り暮らしをしていると言う。
彼は、私に言った。
「君も、独り者なんだって?ま、独りでいた方が、気楽なもんだけれどね。お金は、全部自分で使えるし。妻を持って、子供を持ったら、うんとお金を使わなくてはならない。家庭を持った方が幸せかどうかなんて、分からないよ。でも、韓国の息子たちは親孝行だから、息子を持たないと不幸だって、言われるんだけれどね。」
聞けば、韓国では親が困窮していたならば、子供は援助しなければならないという、法律まであるという。
この国では、儒教の心がいまだに息づいていると思った。私は日本人で、親不孝者だ。
高さんが戻って来て、笑って私に言った。
「韓国の娘を、貰ってくれよ。だめかい?」
私は、あわてて手を振って、答えた。
「人をモノみたいに、貰うことはできませんよ。土産物ならば買えるけれど、人はモノじゃない。それは、人をバカにしていると、いうもんです。」
金さんは、言った。
「そうだな。韓国でも、いっぱい国際結婚しているけれど、その三割が破綻している。外国人と結婚するのは、やっぱり難しいもんだ。」
高さんは、私に言った。
「でも、韓国の娘は、かわいいだろ?そう、思わないかい?」
確かに、美人が多い。ひょっとしたら、日本より多いかもしれない。
これから後、どこに行こうと思っているのかと問われて、私は答えた。
「巨済島に行こうと、思っています。」
高さんは、聞いた。
「へえ、なんで?」
私は、言った。
「巨済島に行けば、対馬島(テマド)が見えると、本に書いてありましたので。」
高さんは、ハハハと笑いながら、否定した。
「巨済島からじゃあ、対馬島は見えないよ。対馬島って、この辺りじゃないか。遠すぎて、見えないよ。」
高さんは、私が持っていた韓国の地図の右端に、指で楕円を描いた。
高さんは、付け加えた。
「対馬島ならば、太宗台(テジョンデ)に行けば、いいんだ。今日なんか晴れているから、たぶん見えるよ。影島(ヨンド)が、いちばん対馬島に近いんだ。そう、そう、ここだ。」
高さんは、地図の裏側にあった釜山の地図の上を、指差した。
そうか。
ならば、今日はこれから、太宗台に行くことにしよう。
そう、決めた。
何でも聞けばよいとおっしゃるので、私はさらに聞いた。
「この辺で、美味い店って、ありますか。」
高さんは、答えた。
「チャガルチに行けば、何だって安くて、美味い。入って、欲しいものを頼めばいいんだ。辛いのが苦手ならば、辛くないようにしてくれって言えばいい。最近の日本人は、辛いのが平気になってきたようだね。昔の日本人は、韓国の料理は辛くってだめだって、嫌っていたもんだ。僕は、日本料理は大好きだよ。かつおぶしのの味が、うまい。しょうゆの味も、うまい。日本人は、焼き魚をしょうゆだけで食うのが、好きなんだろ?」
私は、塩を振って焼いた魚を、しょうゆと大根おろしだけで食べるうまさを、言った。
高さんは、そうそうとうなずいた。
「僕は、中国に行っても、食事がうまいと思った。でも、日本人は、中国の料理は苦手かも、しれないな。油っこくて。」
私はむしろ、中国の料理は「ウマミ」を愛する心に欠けているのではないかと言いたかったが、このときはうまく言うことができなかった。
いろいろと長話をして、私はお二人と別れた。
そういうわけで、これからチャガルチに戻って、入った店でめしを食う。それから、影島の太宗台に、赴くことにしよう。明日は、巨済島行きはやめにして、その代わりに李舜臣将軍の海戦の跡である、統営(トンヨン)に足を運ぶことに決めた。
後で『街道をゆく』を読み返したら、確かに巨済島は対馬島が見える島であるに、違いない。
だが、今日の私は、文献よりも人の言葉を、信じることにした。