この辺りから、写真が減ってきます。
この時点で午後二時ぐらいですが、以降午後六時頃まで、疲労と酒のせいで、記憶がややあいまいです。
自分の頭の中に、印象に残った色彩をもとにして、書いて行きます。
キキッ、と、ミニバスが止まる。
このバスの人に、統営への道を、聞いてみよう。
「エクスキューズ、ミー。」
この旅行中、必ずこれを使っている。
「ちょっといいですか?」は、「잠깐만요(チャンカンマニョ)?」なのだが、難しくて発音できない。
中には、バス旅行中の人たち。
私に声を掛けたのは、チェ・ソンダルさんだ。後で、名前を教えてもらった。
チェさんは、英語ができる。私と同じぐらいに、できる。同じように、ゆっくりしゃべる。それが、嬉しい。
「英語、できる?」
チェさんは、私に聞く。もちろん、英語で聞いている。以下、同じ。
「できます。それで、統営への道は、これを進めばいいのですか?」
私は、チェさんに聞いた。
「で、どこに行くんだい?」
チェさんは、貧相な私と違って、恰幅の良い人だ。ビジネス大学院に行っている、自慢の息子さんが一人、おられる。とても優秀でハンサム、すらりと足が長いとか。そんな男児のことを日本語で何と言うのかな、と聞かれたから、とりあえず、
-イケメン(이케멘)。
と、答えておいた。
このバスは、ソウルから旅行に来た、バスの一行であった。チェさんも、ソウル在住だ。
話を元に戻すと、私が統営の地図を見せて、南望山に丸を書いて示したら、
、、、いつの間にか、バスに同乗していた。
ひょっとして、連れて行ってくれるのか。これは、有り難い。やはりこの国の人たちは、人情家だ。
「君、英語はヘタだね。」
チェさんは、ずばりと言って、1.8リットルボトルの酒の蓋を空けた。
チェさんは、カバンの中から、サリンジャーの"Catcher in the rye"を、取り出した。
「僕は、英語を学んでいる。そして、詩を書いている。俳句に、興味がある。」
明らかに、この人はインテリだ。
コップに、ソジュを注いでくれる。
出されれば、私は飲む。
もう、一杯。
統営は、ずいぶん遠いんだなあ。
旅行連れは、チェさんの他に、6,7人。
おばさんが、みかんをくれた。
上機嫌で韓国語で話し掛けてくれるが、もちろん一言も分からない。
チェさんが、おばさんの子供たちについて説明してくれたのだが、残念ながら記憶から吹っ飛んでしまった。とにかく、日本に何かしらの事情で、行っているということだ。
そこで、私は言った。
「ならば、、、ヨンサマ!」
おばさんが、大笑いした。
「あ、ヨンサマ!アッハハハ!」
ペ・ヨンジュンは、日韓の最大公約数だ。
私は、「ヨンサマ(용사마)」が韓国で流行語となっていたことを、旅行の前に読んだことがあった。
残念ながら、私はテレビを観ないので、ヨンサマのご活躍を拝見したことがない。
だが、釜山でも、日本人が来そうな場所には、必ずヨンサマのポスターが貼ってある。
遠い関係の者であっても、人と人とを繋げる力を持つヨンサマは、まるで菩薩のようだ。
後ろに座っていたおじさんからも、みかんを貰った。
そして、酒を空けた私の紙コップに、すかさず注いでくれた。
私は韓国の酒礼をよく知らないが、少なくとも年長者から酒を注がれたときには、両手で受けるべきことだけは、知っていた。
注いでくださったソジュを両手で受けて、飲んだ。
日本の礼(?)では、少なくとも注がれた一杯目は、飲み干すべきだ。韓国でも、たぶんそうであろう。
飲んで、私は破顔して、言った。
「マシッタ(맛있다)!」
おじさんが、同意して、大笑した。
「おー、マシッタ!」
数少ない、覚えていた韓国語が、役に立った。
「うまい!」と言えば、喜んでくれない人なんかいねえ。
だが、韓国の料理は、本当にマシッタだよ。
あー、統営は想像以上に、遠いんだなあ、ハハハ。