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Korea!2009/02/21その九

(カテゴリ:韓国旅行記

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で、ここは、どこなんだ。
写真に写っている背景が、前の稿に出てきた、サドルね。

ここは、青馬紀念館(チョンマギニョングァン)、という。
青馬の号を名乗った詩人、柳致環(ユ・チファン、1908‐67)を、記念した施設だ。次の稿で詳しく述べるが、ここ巨済市屯徳面は、詩人の父の郷里であった。詩人そのものは、海峡を渡った隣の統営市に、生まれ育った。
これは、帰国してから調べて判明したことだ。この時は、唯一目に入った漢字(ハンジャ)の「青馬紀念館」という施設名を、とりあえず走り書きしておいただけであった。展示には日本語も英語もないし、ガイドブックにも英語の観光サイトにも、載っていない。
館内は、青馬が生まれた村の模型に、彼が恋人たちと交わした手紙、それから青馬の生家を復元した家屋が、作りこまれていた。
「彼は、植民地時代、抵抗の闘士だった。そして、多くの恋をした。この手紙は、みんな女性たちと、交したものだよ。」
チェさんは、漢字で書かれた封筒を示して、私に言った。
チェさんと今日バスでやって来た仲間たちは、文学愛好者たちであったのだ。韓国では、日本よりずっと詩が愛されている。
私は、「サーティー・シックス・イヤーズ。」と、口走った。
チェさんは、「イエス。」と答えた。
私は、彼らに深い憤りの元を与えた時代について、第一印象として、謝罪の心を持っている。それは、帰国した今でも、変わらない。
私は、チェさんに頭を下げて、謝罪した。
チェさんは、私に言った。
「国と、君とは違う。君は、仲間だ。」
チェさんは、私を青馬が生まれた村の模型に、連れて行った。
青馬の生家は、裕福な家であった。おかげで、青馬は他の二人の兄弟と共に、日本の旧制中学校に留学している。
模型の瓦屋根は、地主の家。周囲を、わらぶき屋根の家が、取り囲んでいる。この旅行で前に行った良洞民俗マウルと、そっくり同じ風景だ。
チェさんは、わらぶき屋根の群れを指して、言った。
「こういった家は、美しくない。」
民俗マウルで私が見たわらぶき屋根の群れは、住みにくそうだなとは思ったが、一種の枯れた美があるように、私には思えた。だが、彼らの目にとっては、ただのあばら家なのかもしれない。日本人にとってはじめて見る韓国のわらぶき屋根の農家であっても、彼らにとっては日常嫌というほど見せられているものだからであろう。

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室内展示の外に、伝統的韓国家屋の復元模型が、あった。
写真は、牛に曳かせる犂(すき)。
「韓国人は、日本人と同じく、わび・さびが分かる。ウマミが、分かる。それが、同じところなんだ。」
チェさんは、私に言った。
私と、全く同意見だ。

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洗濯石。
「石鹸なんか、なかったからね。この石で、ゴシゴシこするのさ。」

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甕。
「日本のミソ、だよ。これに、入れて保存するのさ。」
「つまり、テンジャン。」
「そう。」

私は、残念ながらこのとき、この詩人のことを知らなかったので、チェさんの説明を聞くばかりであった。
ここに連れてもらったことは、私としてはよいことであったと、帰国した現在、思っている。人を、知ることができた。そして、柳致環を調べることを通じて、韓国の詩とは何かを知ろうと試みている、現在の私がある。
しかし―
圧倒的多数の日本人は、ここに連れられたとき、怒ると思う。
それは、現実だ。
柳致環は、日本でほとんど全くといってよいほどに、知られていない。もっと言えば、日本人は韓国文学を、皆目知らない。