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跡田直澄『NPOの経済学』を読む(2)

(カテゴリ:東北アジア研究
現在の私たちにとって「寄付」という行為が、なじみのあるものとは到底いいがたい。むしろ日本人の生活に寄付という習慣は定着していないと断言してもいいのではないか。(pp139)

本書の第3章「寄付市場を創り出す」は、本当ならばこの著作の要として、爆発的な提案がなくてはならない。
しかし、実のあるアイディアは、書かれていない。
肝心かなめの論点である「NPOの事業にとって急所である、市民大衆からの寄付を、いかにして集める状況をつくるべきか?」といった点になるやいなや、上記のような慨嘆と、「企業側には社会貢献に対する意識改革を求めたい」(pp.169)のような、精神論である。言葉は悪いが、精神論で世の中が動くようならば、今ごろ日本は宣教師の熱心な努力のかいあって、キリスト教社会になっていたに違いない。

この著作では、NPOがドネーションの営業を行うために、ハーバードがやっているようにプロの営業マンを雇うべし、と言っている。

しかし、それがアピールにベストであろうか。

それよりも、寄付した人を、高知に招待したほうがよい。
高知でしか使えない、マネーを寄付者に発給するのだ。そして、そのマネーを持っていたら、よそものには味わえないマル秘サービスを、受けることができる。
同時に、高知検定をする。
検定のランクが高ければ高く、ディープであればあるほど、秘密のサービスが開ける。

せっかく、本章には地域通貨(エコマネー)のことまで言及されているのに、具体的なビジョンがないのが、残念だ。
NPOが発行する地域通貨を、国際的に交付しても、よいのではないか?
韓国人や中国人、タイ人でも、その通貨を持っていれば、日本で買い物ができるようにする。
買い物ができるのは、協賛店だ。まずは国内で協賛者どうしで流通を可能にして、いずれは海外の協賛者たちとの間でも流通できるようにする。そうすれば、いつのまにかアジアで通貨の壁が、なくなってしまう道すら、開けるかもしれない。

私は本気で思っているのですが、日本と韓国は、地球上でミドルクラスがいちばん過ごしやすい国では、ないだろうか。
安くて、質の良いサービスが得られる社会は、この両国だけだ。
たとえば香港では、どうか。あるのは、高くて質の良いサービスと、安いが悪質なサービスだけ。
欧米も、そうなのだ。
日韓両国が、世界にぜひともアッピールすべき美点は、そこそこの収入でも、豊かな暮らしができる社会。これじゃないかと、思う。
それは、市井のひとがちゃんと動いてくれて、他の土地では金を払わないと得られないサービスが、この両国では空気のようにタダでもらえる。だから、貧しくても豊かなのだ。
MBA修士とか、プロの営業マンとか、リサーチの権威なんぞ、いらない。
市井のひとびとのおもてなしの心を、活用する道を考えようではないか。

コメント (9)

こんにちは。
今日は朝から家で、1歳の娘に邪魔されながら、
仕事こなしてます(><)
仕事の合間に、見させてもらいました。
また、ゆっくり寄らせていただきます。
ブログ応援してます(^_^)/
それでは。失礼します。

ありえないですねー:

同じ本を読みましたが、捻じ曲がった考えを持つ人っているんですね。

何にも、実のあるアイディアが、書かれていない。
しょせん、学者の総論であると、結論づけざるをえない。

らしいのでこれが結論みたいですが、たかが1600円の一般書籍で著作の要として、爆発的な提案がなくてはならないとか・・

あなたのようなあつかましい人間が山ほどいるんでしょうねー

人の著作に対してあまりに的を外れた批判ばかりで有り得ないと思ったので書かせて頂きました。

Suzumoto Jin:

ご批判、ありがとうございます。
私は、優しい読み手ではありません。
確かに、あつかましいです。
この本に関しては、必要以上に厳しい書き方をしました。
今から読み返すと、口調が下品である。
反省して、文章を修正します。
しかし、主意は変えるつもりは、ございません。
批判的に読むのは、勉強のために書物を取った読者の、一礼儀であると考えています。

口調が悪すぎました:

私のコメントも下品でした。主旨はかえないまでも、文章を丁寧な言葉に訂正して頂いたようなので、私も反省の上でお詫びします。

私も基本的には批判的な意見をもつことが多いですが、この本に対しては一部分ですがとても共感をすることができました。色々な本を読みますが、この値段で一つでも何か得られるような本はなかなかないのではないかと思いました。

ここで私の考えを披露する意味がないのでやめておきますが・・

以前の文章をみる限りで、人の意見も聞かない偏見しかない人を想像してあのような失礼なコメントを書いてしまったことを謝罪いたします。

またお邪魔しますのでブログ書き続けて下さいね。

Suzumoto Jin:

ありがとうございます。
しょせんはブログ、怒りの応酬で終わるのが、当たり前の世界です。
そんな中に、私の返答にお返事まで頂いたことが、正直に嬉しく思います。

私は、身内だけが読んでいるのだと思って、これまで書き続けて来ました。
これからは、ネットの上である以上は誰でも見ることができるのだ、ということを改めて念頭に置いて、言葉を選んでいきたいと思います。

nori:

何度かレスを重ねるうちに親近感が沸いてきたのは不思議ですが、今までお書きになったブログを読ませて頂きました。写真を拝見する限りではお若そうなのに、文章の力が素晴らしいと素直に思いました。
同じ関西圏にお住まいのようですし、私にも少し縁のある鶴橋の様子などが書かれており楽しかったです。
私は現在NPOを設立する方向で動いております。手探りの中ですので、いつかお会いしてご意見をお聞かせ頂きたいなと勝手に想像しておりました。
またお邪魔させていただきますね。

Suzumoto Jin:

noriさん。

こうして何度もお返事いただけるのが、とてもうれしいです。

私もまた、ビジネスの規律とは違った人と人とのつながりを基盤にして、何かしら世のため人のためになる事業を起こしていくという考え方には、全面賛成なのです。

ただし、それをNPOという半ば独り歩きしている言葉に囚われて、狭い行動範囲の事業に限定してしまうのは、潜在的な力を摘み取ってしまうのではないかと思います。くだんの跡田氏の主張の基礎もまた、そこにあったと思います。ビジネスでもいいじゃないか、志ある者はビジネスを恐れるな、忌み嫌うな、と。

総論は、それでよいと私は思います。私も、志を実現する基盤として、一定の資金が継続して欲しいと思っているところです。

noriさん。
NPOをがんばってくださいとは、だから私は申しません。
志がおありなのでしたら(きっとおありなのに決まっています)、それを世の中に広めるために、何でも形はよいですから、がんばってください。
私もまた、がんばりたいです。
私の望みは、日本人が普通にアジアの隣人たちと、偏見をなくして交流交通できる世代を、作り上げることです。そのために、隣人もまた変わってもらわなければならないという理念を、抱いています。

nori:

こちらこそ私の勝手な意見に返信いただきうれしく思っております。
ブログを移動されるとのことなのでメールを送らせて頂きました。

SuzumotoJin:

>noriさん

すみません!

suzumoto3@hotmail.co.jp

を探しましたが、見つかりませんでした。
最近ここにはウィルスボムが侵入しているので、ひょっとしたら自動削除されたのかもしれません。

もしよろしければ、以下のメールに送っていただければ、うれしいです。

dr-m@m3.gyao.ne.jp

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