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サイト探訪-『日本を守るのに右も左もない』

(カテゴリ:東北アジア研究

ブログサイト:http://blog.trend-review.net/blog/

最近知った「類ネット」グループのブログサイトから遡って、上記のサイトを訪問した。
私は、いくつかのコメントを、これまでにその記事内で残した。
しかし、いまだ読んでいる最中である。

以下は、一記事からの引用。

では、人々の意識は次は、どこに向かうのか?
大多数の意識潮流は今見た通りだが、先進層の意識は本源的活動(←社会の役に立ちたい)に向かっている。
1.まず農業志向
2.政府の補助金削減→低賃金政策で今は低迷しているが介護・福祉志向。真っ当な賃金さえ払えば拡大に向かう。
3.ピアノやバレエ・スポーツクラブといった習い事は衰弱する一方で、おっさんが近所の子供の草野球を指導するといった事例は増えている。

私は、この記事が言っていることが、「鎖国のススメ」に読めてならない。
競争原理が生存的困窮の消滅した70年代以降に説得力を失い、代わって今後ますます加速する意識潮流は、「本源的活動」、すなわち、他者に認められ、共に認め合う場をこしらえあげ、参加する、人間としての活動欲求である。おおかたそのように当ブログは展望していると、私は現在解釈している。
そのトレンド分析には、うなずけるものがある。

しかし。
だったら、このままでいったら、鎖国ではないか。

文化を同じくするサークルの中ならば、「本源的活動」は、おそらくたやすい。
だから、自給自活、地域への食料供給を軸とした農業指向であり、あるいは介護・福祉や、草野球の指導のごとく、自分ができる範囲内での対人奉仕活動といった社会・経済活動が膨らんでいくというトレンドが増えているし、これからも増えていくであろう。

しかし、文化は、人間の第二の皮膚である。
第二の皮膚が違う人間との交流は、自然な欲求のままに任せた活動では、難しいのではないか。
私は、徳川時代の対馬藩において、享保年代に真文役として李氏朝鮮との折衝活動に尽力した雨森芳洲の著作を、自分で読んだことがあった。
彼は、その『交隣提醒』において、朝鮮人(誤解なきように付け加えておくが、芳洲が李氏朝鮮の臣民という意味で、この言葉を用いているのである。現代に「朝鮮人」という場合のニュアンスとは、全く違う)と日本人との文化の違いが多くの行き違いを起こしている事例を、詳しく述べている。日本人は日本人の勝手な思い込みで朝鮮人と応対し、その逆もまたしかりである。芳洲は、両国の事情を深く知りながら、著作を献上する相手であった対馬藩主に対して、外交で相手に侮られないためによく朝鮮の事情を学び、義にもとる要求がもしあったとしたならば、毅然とした対応を取るべしと、薦めているのである。
異なる文化を持っている外国との応対は、これほどに難しい。私はかの地を訪問して、韓国人と韓国文化が世界で最も日本人と共有するものを持っているに違いないということを、ほとんど確信して帰ってきた。それでも、やはり異文化である。日本の常識は、そのままでは通用しない。本気で付き合うにはおそらく想像力、忍耐力、そして正道をもって説く倫理観が、必要である。

競争原理が失墜し、「本源的活動」に人間が向かう傾向が強まるとき、その射程が異なる文化の民にまで、行き届くことができるのであろうか?
もし、民が勝手の違う連中との接触を嫌がったならば、もう取るべき道は、ただ一つ。
鎖国しか、ない。

私の友人の夕映舎氏は、「鎖国もまた、一つの見識や。」と、批評したことがある。
「鎖国して、農業自給を完全なものにしようと決意したならば、農村が復活する。過疎問題が、解消される。これもまた、明るい展望かもしれん。鎖国のメンタリティーを持って、北朝鮮滅ぼすべしなんぞと絶叫するくせに、それでいて国際経済を捨てたくないごとき輩。それは、論外のプーや。だが、そうではなくて、鎖国ならば、首尾一貫しとる。」

価値観で、ある。
ゆえに、今の私の価値観だけは、申し上げておかなくてはならない。
私は、鎖国は嫌だ。
あまりにも、人間として淋しすぎる。
私は、たとえ自分の第二の皮膚がひりひり痛んだとしても、異なる文化との間に、異なることを互いに認めながら、共存協力していく未来を、望む。
上のブログの別の記事でも書いているように、確かに現在の大陸中国と、まともに経済統合することは無謀である。彼らは、国家の展望として、日本の技術を食らうことを、おそらく考えている。中華帝国とは、そういうものだ。周辺のおいしそうな文化圏を領土化して、自己を活性化して来た歴史を、かの地の文明の開闢時代からずっと続けているのだ。

日本のひしゃげた現在の政治では、中国にやられるかもしれない。
だがそれは、日本に本当の政治が、ないからなのだ。
まともな政治があれば、私は日本が中国と対等に渡り合い、いずれ共存する経済圏に移行する展望を、二十一世紀のうちに打ち立てることができるだろうと、信じている。
だから、中国は、努力目標である。対等の関係となって、仁義の正道をもってギブアンドテイクができるようになってはじめて、共存もできるだろう。それができると私は思いたいが、今すぐには無理だ。

今すぐできるはずなのは、-これは私の持論の繰り返しであるが-隣国である韓国との、同盟である。
この一週間、北朝鮮問題で日本国内は大騒ぎであった。
より正確に申せば、大騒ぎであったようだ。
私は、何の興味もなく、ヤフージャパンの記事を読んでいた。
ミサイルが発射された日の晩には、へらへらと夜桜を楽しんでいた。
北の体制は、韓国と日本を個別に脅し、東北アジアの裁定者としてのアメリカの、ご出馬を願っているのだ。両国は、見透かされている。現状は、北朝鮮にとってというよりは、アメリカにとっての思う壷なのだ。
ここ一週間の事件一つを取っても、今となって私は、残念でならない。
日本・韓国の両国ともに、もともと鎖国を愛するメンタリティーを持っているうえに、21世紀以降はそのメンタリティーが、互いの国で深化している。私は、これを両国が現在かかっている「内向き症候群」と、名付けたい。「内向き症候群」をそのままにして、鎖国につながるしか、両国の未来はないのであろうか。やがて崩壊するであろう北朝鮮を、どの国の金が復興するのであろうか。北朝鮮が復興の枠組みもないままに崩壊したならば、東北アジアには巨大な緊張が走る。歴史は、教えるのだ。Korea半島に激震が走るとき、決まって東北アジアに大戦争が起こって来た。この地域のメインプレーヤーたちの間には、相互不信が常態としてある。だから、軍事衝突という結果に、導かれて来たのであった。このままでは、歴史が繰り返される。Korea半島に激震が走っても、日本は鎖国するのか。できるのか。

それを救い、平和を買うために、私は日本が韓国と同盟する道を模索することを、現在望んでいる。両者が一致した姿勢を北朝鮮に対して取り、かつ今後の速やかなる復興のプランを具体的に示したならば、金正日の後継者(だれになるのかは、知らない)がそれに乗らないなどという道が、果たしてありえるだろうか。もしありえるとしたらそれは中国かその他のどこかの国が裏で操るからであろうが、日韓が協同して第三国に当たることができれば、介入をはねつける国際政治が、できるのではないか?

まだ、私は今後の日本及び東北アジアの将来について、勉強中である。
しかし、私は鎖国など、まっぴらごめんだ。日本が鎖国したら、きっと日本という国を怨んで死ぬ日を、迎えることであろう。