«« ”十八 博浪沙の男(3)” | メインページ | ”十九 新生する楚(1) ”»»


十八 博浪沙の男(4)

(カテゴリ:101兵法の章

「楚の東の果て、海岸の沿いに行くと、我々とは風俗がまるで違う漁業を生業とする民が住んでいます。かつて越王句践(こうせん)がこのあたりまで兵を進め、彼に付き従った勇士たちは海岸の各地に土侯となって定住しました。やがて越は分裂して滅び、その旧領はことごとく楚に併合されることとなりました。しかし、越王に付き従った勇士たちの末裔は、楚に帰順することなく土地の原住民たちの長となってそのまま捨て置かれました。倉海君とは、そのような土侯たちの一人でした。彼は、近辺の楚の海岸はおろか、はるか遠方の沿岸部に散らばっている越人の末裔たちにも顔が利く実力者でした。

彼らは、中国の世界がどうなろうともはや気にも留めない人間たちです。果たして私ごときが説得することなどできるだろうか?しかし、会わなければならない。私は、このときこそ命を賭けて説得に乗り出す決意を固めました。
先ず私は、倉海君の屋敷に腰を低くして出向いていき、使用人として使ってほしいと申し出ました。そうして一年、下働きの使用人として働きました。
そうして私の働きが家長の目に止まり、彼は私を側近に引き上げました。それから私は隣村との争いや村内の紛争をよく調停することに度々成功し、私は原住民たちの間でも支持されるようになりました。ここまでに、さらに一年かかりました。
二年の歳月を原住民の村で過ごした後、私はついに倉海君に自分の真意を伝えて、協力してほしいことを願い出ました。倉海君は、私に言いました。
『お主が何かをしようとして、この地にやってきたのは初めから分かっていた。この二年の間のお主の働きは、まことに殊勝であった。お主は、真に命を賭けている。その願い、聴かずにはどうしておられようか?』
と。そうして、直ちに異能の力士を探してきました。はるか東の、渤海の向こう岸から連れられてきた男です。体はそれほど大きくないのに、その筋力は驚異的でした。何でも、海の鯨を石製の大きなな銛(もり)を投げて一撃で仕留めることができる技の持ち主だと言うのです。私は、彼に聞きました。
『銛ではなくて、鉄の塊を投げて目指すところに当てることができるか?』
と。力士は、言葉が通じなかったので、通訳の者に対して答えました。
『造作もないことだ。俺は陸では一抱えよりも大きな岩を投げて、人食い虎を遠くから圧し殺したこともある。』
と。彼を得たことで、道具は揃いました。後は、秦王の巡幸を待つだけでした。
その頃秦王は、すでに二年続けて巡幸を敢行していました。二年目には泰山に登って石碑を刻み、いにしえの聖王が行なった秘儀である封禅を挙行して、得意の絶頂でした。彼は、一つところにじっとしておられない性格の人間でした。翌年も、またもや巡幸が準備され始めました。秦王が進む予定の馳道は、周辺の住民を徴発して入念に整備されました。それで、次回の巡幸が進む経路も、明らかとなりました。私は、博浪沙という地点を選びました。ここは馳道が川を渡る渡しです。車は一旦必ず止まります。それに、馳道の脇のあちこちに河岸の砂丘がありました。その一つに隠れれば、事前に見つかることはありません。
私は力士を連れて、事前に土地を検分しました。彼は、『車が止まったところで、俺は投げる体制に入る。適当な時期に合図してくれれば、必ず当てることができる』と言いました。
私は、鍛冶師に重さ百二十斤の鉄槌を作らせました。このぐらいの重さでないと、遠くに飛ばしたときに威力が出ない。そう力士が言ったので、その通りに作りました。
試みに、予定していた投げる地点から車までの距離を測り、秦王の乗る車と同じ大きさの鉄の車を作って彼に鉄槌で狙わせてみました。鉄槌は正確に車に当り、車は粉々になりました。確実に仕留められることを、そのとき確信しました。
秦王の巡幸の予定日が近づいてきました。私は長らく留守にしていた下邳の陳氏のところに行きました。そうして、陳氏とその子供たちに言いました。
『間もなく、私が長年全てを賭けて打ち込んできたことの、結果が出る。それが終わった後には、もはや私はどうなってもかまわない。皆の者は、これまで私に付き従ってよく尽してくれた。礼を言う。ここに、わずかに残った金がある。これを使って、皆は私と別れて生活を立てて欲しい。事が終わった後には私は大逆の犯罪者だ。もはやまともに生きていくことはできない。あなたたちは、私から離れて生きてほしい。あなたたちに迷惑をかけるわけにはいかない。』
と。陳氏以下、子供たちも皆泣きました。末の娘の麗花は、十二歳になっていました。つまり、私たちはこれまで十二年間復讐の旅を続けてきたというわけです。私は彼らに別れを言って、博浪沙へと向かいました。
そして、巡幸の日が来ました。
私と力士は、予定していた砂丘の後ろに隠れて、秦王の車が来るのを待ちました。
天気は良く、風もありませんでした。何一つ遮る条件は、ありませんでした。
やがて、先行の供奉(ぐぶ)の列が、華やかにやって来ました。
秦王の車は、その後に警備の兵に周囲を何重にも守られて、やってきました。工芸の粋を集めた、きらびやかな車でした。惜しみない贅沢をこらした意匠は、この車を各地の人民に見せつけて驚嘆させるための、宣伝の効果もあってのことでした。しかしそれが、狙う者にとっては外すべからざる標的となりました。
予想どおり、車は川の前の地点で一旦停止しました。
そこで、力士は砂丘の後ろの地点に回って鉄槌を掴み、私の合図を待ちました。
車の横で、輿(こし)の用意が始まりました。ここで、秦王は輿に乗り換えるはずです。その準備の間、車は停止したままです。私は、彼に合図を送りました。
力士は鉄槌を水車のように振り回し、、、、わずかの瞬間の後に、放つ瞬間がやって来ました。
ところが、この瞬間に、思わぬことが起ったのです。
― 地震!
放つその瞬間、何と大地が揺れたのです。小さな地震でしたが、それで、照準が狂いました。
放たれた鉄槌は、予定していたものとよく似た経路を描いて空中を飛び、、、しかし、地面に当ったときには、目標の横にそれていました。
たった一回の賭けは、こうして失敗に終わりました。
全てが終わったのです。それから後しばらくは、私は何をしていたのかよく覚えていません。力士がどうなったのかも、わかりません。捕まっていないようだから、どこかで生きているのかもしれません。とにかく私は逃げに逃げ、気がついたら下邳に戻っていました。麗花によると、生者とは思えないようなおぞましい形相をしていたと言います。そうです、麗花はまだ下邳に残っていたのです。数日間ほとんど意識なく眠り、起きたときには横に麗花がいました。彼女は、私に言いました。
『お言いつけを破って、申しわけありません。兄たちは、すでに下邳を去りました。しかし父は、あえてこの地に残ってあなた様と運命を共にすると申しました。それで、博浪沙のことが明らかとなった時点で、すでに老いてあなた様と逃げることもできない自分が足出まといとなることを避けるために、先日自ら命を断ちました。』
私は、それを聞いて彼女に何の言葉も返すことが、できませんでした。ほとんど痴呆のように、彼女の顔を眺めるばかりでした。だが実は彼女もまた、私と行動を共にすることを選んで、この下邳にあえて残ってくれたのでありました。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://suzumoto.s217.xrea.com/mt/mt-tb.cgi/958

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

          

各章アーカイブ

           
第一章 兵法の章


           
第二章 伏龍の章


           
第三章 宦官の章


           
第四章 動乱の章


           
第五章 楚滅秦の章


           
第六章 死生の章


           
第七章 楚漢の章


           
第八章 背水の章


           
第九章 国士無双の章


                      
第十章 垓下の章



終章~太平の章