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二十 諸学、茲(ここ)に尽きる(1)

(カテゴリ:101兵法の章

黄生が、江東から帰ってきた。張良は、城門脇の船着場で到着した黄生を迎えて言った。

「江東の首尾は、どうでしたか?」
黄生は答えた。
「あそこに行ったのは久しぶりだったが― 項梁が江東に移ったのは、かえって好都合だ。相変わらず江東人は侠気は十分すぎるほどにあるが、これも昔ながらのことであるが、土地の者をまとめる頭がおらん。土地の者たちは、小雀どもがひしめき合い互いに我を張って譲らず、四分五裂の状態だ。かつて春申君がかの土地に行って一大王国を作ったように、頭を外から招く必要がある土地柄なのだよ。その点、項梁の器量は申し分ない。そのうち、あの地方で力を持つことになるだろうよ。」
「たしか、甥も彼と一緒に行ったと聞きましたが?あなたの言う、『麒麟児』が。― 項籍という名前でしたっけ?」
「そうだ。あの子は麒麟児だ。彼が項梁の横に付いているのは、頼もしい。もっとも、当の叔父上はまだ甥御のことを、十分評価していないようであるがな、、、」

その日に張良は韓信を連れて、下邳の郊外にある黄生の隠れ家で、彼を引き合わせた。
黄生は、相変わらず歳を感じさせない血色のよい顔つきで、以前の青年を迎えた。
「しばらくぶりだな、青年。」
韓信は、彼に答えた。
「しばらくぶりです、黄生。」
張良が、黄生に彼の処遇を説明した。
「彼はまだ、淮陰に原籍があります。しかし、淮陰の父老のはからいによって、彼はここで学んでいる間、労役・兵役の割り当てから外されることになっています。学習に存分に専念できることでしょう。」
「む、よろしい。」
それから黄生は、目の前の青年に向けて、居住まいを正して語り始めた。それは、門番でいた時の野卑な老人とは似ても似付かぬ、一人の磨き抜かれた碩学の姿であった。
「韓信よ、学には迂遠の学と、近直の学とがある。かつて孔子は、常に弟子たちを迂遠の学だけをもって導いた。賢明で清貧な顔回、孝行に篤い閔子騫(びんしけん)、商才に長けた子貢、直情にあふれた子路、弁舌に過ぎる宰我、出世を望む子張、生真面目な子游。いずれも様々な個性の持ち主であったが、師の孔子が弟子に教える道は、必ず君子の道であり、詩書礼楽の学であった。孔子は、集まってきた弟子たちを立派な教養と礼儀を持った君子に育て上げようと試みた。それは、各国の朝廷に人材を送り込んで、それによって世を正そうと考えたからであった。古き良き時代のことであった。しかし、時代は変わった。私は、孔子の迂遠の学について、今でも間違ってはいないと思っている。しかし世に必要な人間を育てる学の道は、詩書礼楽の教養を積むだけではなくなったことも、同時に感じている。孔子の世から戦国時代を経て、天下は大いに流動した。教養が幅を利かせる貴族階級は、没落した。産業は栄え、技術は進み、社会は複雑となった。このような千変万化する現実に対して実用に耐える知は、とてもいにしえから受け継がれてきた詩書礼楽の教養だけでは足りない。もっと創造的な知が必要なのだ。兵法は、そのような新しい知の一つなのだ。以前おまえに言ったように、兵法とはただの戦争術ではない。それは人間の知識と創造力とを組み合わせて、一寸先は闇の世界を動かしていくための理の道なのだ。韓信、お前は孫子以来の兵法の道を会得して、兵法家の究極を目指せ。それは、天下の人材となる道だ。知兵の将となって国家から危なき用兵を退け、国を全うする者となれ。それが、これからのお前が目指すべき目標だ。」
黄生は、このように韓信に語った。
韓信も、今は居住まいを正して、彼の言葉に答えた。
「― 心に留めます。」
このときから、韓信は兵法家としての道を歩み出すこととなった。

それから何日も経たないある日、張良の屋敷に黄生がやってきた。
張良の書庫には、屋敷の主と、黄生と、それから新弟子の韓信がいた。言い忘れていたが、韓信は下邳に来てからずっと張良の屋敷に滞在しているのであった。
黄生は、韓信に対して、試みに問うた。
「― 私が不在の間、張子のところに留まっていたのであろう。この書庫から、何を読んだ?」
韓信は答えた。
「もちろん、『孫子』十三篇を読ませていただきました。」
「そうか。だが書は暗誦できるまで読まなくては、読書とは言えないぞ。」
黄生のこの戒めに対して、しかし韓信は答えた。
「暗誦ならば、できるかもしれません。この一月ほど、あまりの面白さに、繰り返して読みましたので。」
「― ふうん。ならば今ここで、できるところまで諳んじてみろ。」
「― 承知しました。」
韓信は、師と張良の前で『孫子』十三篇を諳(そら)んじ始めた。

―『孫子曰く、兵は、国の大事なり、死生の地、存亡の道、察せざるべからざるなり、、、』

『孫子』は簡潔な書物である。分量はさほどではない。切り詰められた表現の中に、実戦で得られた法則の精髄が圧縮されている。

『、、、夫(そ)れ兵の形は水に象る。水の行は高きを避けて下(ひく)きに趨(おもむ)く。兵の形は実を避けて虚を撃つ、、、』

韓信は、たちまち前半を諳んじ終えて、後半もよどみなく頭から湧き出ていた。彼は、この書をこの下邳に来てから張良に借りて、ほとんど毎日読んでいた。張良は韓信から『孫子』を貸してほしいと頼まれたとき、彼に言った。
「私の手元に、写しが二巻あります。一巻は、行間に私が自分で思ったことの注釈を書き入れてあります。しかしもう一巻は、全くの原文そのままです。どちらを貸しましょうか?」
韓信は、しばし考えた後、張良に答えた。
「まずは、原文そのままの方を貸してください。」
張良は、素の原文の巻を彼に貸し与えた。彼は内心思った。
(素の文から読もうと志すとは、なかなか学への勘がよい。良書は、頭で読むのではなくしてまず心で感じるべきものだ。最初は余計な注釈を抜きにして読むのが、正しい読書なのだ。)
だが一週間後、彼は次に張良の注釈入りの巻を貸してほしいと申し出てきた。そして二週間の後には、すでに張良の注釈の内容について彼は批評できるようになっていた。彼の批評は、まだ荒削りながら当の張良ですら時に頷(うなず)かせる良質の要素をすでに備えていた。張良は、彼の兵法に対する予想以上の理解力に、内心驚いた。だが韓信にとって兵法は、長年求めていたものに今ようやく会ったというべきものであった。黄生が江東から帰ってくるまでの間に、彼はすでに『呉子』『孫臏兵法』『尉繚子』といった主要な兵法家の著作までを、すでに読破していたのであった。

韓信は、すでに最終章を諳んじ終わろうとしていた。

『、、、故に惟だ明主賢将のみ能く上智を以って間者と為して、必ず大功を成す。― 此れ兵の要にして、、、三軍の恃(たの)みて動く所なり!』

韓信は、目を閉じて言葉を終えた。ここまで、全て間違いなく暗誦していた。
彼の暗誦を聞き終わって、黄生はうなずいた。
「よし、よし。読みこなすことは、すでにできたようだな。もうここまで来たか、、、さすがに張子が連れてきた男だ。ものが違う。」
だがその後、彼はこう付け加えた。
「― まずは、これでお前は入り口に立つことができた。」

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各章アーカイブ

           
第一章 兵法の章


           
第二章 伏龍の章


           
第三章 宦官の章


           
第四章 動乱の章


           
第五章 楚滅秦の章


           
第六章 死生の章


           
第七章 楚漢の章


           
第八章 背水の章


           
第九章 国士無双の章


                      
第十章 垓下の章



終章~太平の章